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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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ひかりのかけら 1

第四部"for EXTRA" (略して第四部"E")

こちらは、以前のHPで2005年05月21日にUPしたものです。
第四部は徐々にオリキャラメインとなりますので、御注意ください。
興味のある方のみ、どうぞ。(^^;
4話完結 act.1

拍手[1回]


◇◆◇

 それは、魔界の文化局局長が雷神界で狙われた事件が、漸く落ち着いた頃。
 天界では、一つの嵐が巻き起こっていた。

 その日、総帥たるミカエルは所要で数日間の予定で王都を留守にしていた。
 そしてその主のいない留守中に、伴侶たる彼女は…大きな決断をしていた。
 その決断を実行すべく、執務机の上の書類を無造作に箱へと押し込めていた。
『…どうしても、出て行くつもりで…?』
 彼女の背中越しに問いかける声は控えめだが…彼女を引き留めようと言う意思は確かだった。
「えぇ。今更取りやめにするつもりはないわ。だから貴方も、もう自分の職務に戻ってください」
『…ミカエルが知ったら、何と言うか…せめて、黙って出て行くことは考え直して貰えませんか?』
「しつこいわ、ラファエル」
 彼女に一喝され、声の主は口を噤む。
 大きな溜め息と共に背後を振りかえった彼女は、未だモノ言いたげな表情を浮かべる彼を見据える。だがその姿も実体ではなく…通信用の画面に映った姿、だった。
「わざわざ遠征先から重要な職務の時間を割いてまで言うことですか?」
『…わたしはただ…貴女に、王都に残っていて貰いたいだけですよ』
「王都に残ってどうしろと?王都に何が残っていると言うの?私にとって、今の王都はただの呪縛にしか過ぎないわ。これ以上ここにいたところで、得られるモノは何もないもの」
『…ガブリエル…』
 寂しげな眼差しの相手。彼女は、この相手に対して恨みや憎しみを抱いている訳ではない。だからこそ、声を荒立てることも、引き留めようとする眼差しを振り払うことも、無碍には出来ない。けれど、その思いを受け入れることもまた出来ないのだ。
「…ねぇ、ラファエル…貴方にはとても感謝しているわ。けれど…ミカエルとなると話は別よ。彼が何をしたのか、わかっているでしょう?彼が残るこの王都にいることは、私にとっては呪縛の何物でもないの」
『…どうしても…聞き入れては貰えませんか…?』
 もう一度、問いかける声。けれど彼女は首を横に振り、その答えを返した。
「…御免なさい、ラファエル」
『……そう、ですか…』
 頑なな姿に、小さな溜め息が零れる。
 彼女を引き留めることは、誰にも出来ないことだった。
 そしてその日の夕方。王都でも評判だった有能な指揮官である彼女は、誰にも行く先を告げずに姿を眩ませたのであった。

◆◇◆

 彼女が王都から消えてから数日後。
 すっかり空となった彼女の執務室に佇む二名の姿があった。
「…黙って出て行くことだけは考え直して貰いたいと、話はしたのですが…わたしには、ガブリエルを留めることは出来ませんでした」
 そう言葉を零したのは、ラファエル。先日、画面越しに彼女を引き留めていた相手だった。
「…御前の言うことをすんなりと受け入れるのならば、最初から出て行くだなんて考えないだろう」
 溜め息交じりでそう返したのは、王都に戻って来たばかりの彼女の伴侶たるミカエル。尤も…その関係は、随分前から冷え切ってはいたが。
「ここを出て行く詳しい理由は聞いていません。けれど…雷帝陛下とゼノン博士の件があってから、彼女は変わりました。良く言えば、前向きになった…」
「悪く言えば、彼らに何かを焚き付けられた、か?」
「…ミカエル…」
「わかっているよ、根本的な理由ぐらい。彼らを引き合いに出したのは…まぁ、きっかけがそうだったのかも知れない、と言うだけの話だ」
 大きな溜め息と共に、ミカエルはそう言葉を零した。
 空になった執務室を見渡す眼差しは、とても寂しそうだった。けれど、彼女を引き留める術を、ミカエルもまた持っていないのは確かだった。
 全て、自分が蒔いた種。だからこそ…彼女を止める権利などなかったのだと。
「わたしを…恨んでいただろうね。純粋無垢だった彼女を、あそこまで傷付けたのは確かにわたしだからね。今まで…良く、ここにいてくれたものだ。寧ろ、感謝しないといけないね」
 記憶を辿るように、言葉を零していくミカエル。その、いつもよりも低い声が、ラファエルにはたまらなく痛く感じていた。
 全てのきっかけは…何処にあったのだろう。
 もしかしたら…自分だったかも知れない。
 そんな想いを抱き始めたラファエルの肩に、ミカエルは小さく溜め息を一つ。
「言っておくが…御前のことは関係ないからな」
「…ミカエル…」
「わたしは、自分のしたことだ。何も…言い訳はしない。だが、御前は無関係だ。それだけは忘れるな。御前が、気に病むことはない」
「………」
 そう言い切られては、ラファエルには何も言えない。けれど…そのきっかけになった狭間に、ラファエルがいたのは曲げようのない真実。
「…過去を変えることは、誰にも出来ない。御前には苦い記憶かも知れないが…わたしは、後悔はしていない。勿論、彼女を裏切ったのはわたしだ。それは申し訳ないと思っているが…それと御前とは無関係だ。御前もまた…真っ直ぐに、生きて来たと言うだけのこと。だから御前も…その記憶に縛られるな」
 小さく笑うミカエル。ごく自然にラファエルを庇う姿は、昔と何ら変わりはない。
 ただ一つ変わったことは…誰よりも純粋で、純潔だと信じていたミカエルもまた…道ならぬ想いを遂げていたのだ、と言うこと。そしてそれを、ラファエルが知ったこと。
 清廉潔白の、麗しき天使様。
 その、真白き翼の下に隠された真実。それは…開けてはいけない、パンドラの箱、だったのかも知れない。
 そのパンドラの箱を開けてしまったのは…一体、誰だったのか。

◇◆◇

 窓から吹き込んで来る風が、とても冷たかった。
 その冷たい風にふと我に返った時、部屋の中は既に闇が降りていて、開け放たれた窓にかかっているカーテンが揺れていた。
「…何時間、ぼんやりとしていたのかしら…」
 小さな溜め息を吐き出しつつ、彼女は窓を閉めるべく、窓へと歩み寄った。
 窓の外の宵闇には、細い月が浮かんでいる。
 遠くに見える、豊かな森。
 そこは王都から遠く離れた僻地。彼女の親が残した、小さな別荘。伴侶だったミカエルさえも知らないその屋敷が、王都から逃げ出して来た彼女の唯一の居場所だった。
 残務整理の書類を纏めていたものの…その作業は一向にはかどらない。
 これから先、自分は何をしたら良いのだろう。
 そんな漠然とした思いを抱きながら、窓に手をかけたその時。
「…こんばんは」
「……っ!?」
 窓の外から不意に声をかけられ、彼女は反射的に反撃体制に入る。けれどその姿に制止をかけたのは、先程と同じ声、だった。
「驚かせた?御免ね」
「……貴方、誰…?」
 穏やかで、敵意のない声。けれどその姿は見えない。だからこそ、彼女は警戒を緩めず、ゆっくりと問いかけた。
「僕?僕はグレイン。貴女は?」
「その前に姿を見せなさい。失礼よ」
「…そっか。御免ね」
 相手は、くすっと笑ったようだった。そして、小さな光が窓枠に落ちる。その光はゆっくりと大きくなり、彼女の前へとその実態を表した。
 精霊だろうか。ほんのりとした光を纏い、柔らかな微笑をその表情に浮かべていた。
「改めて、こんばんは。僕はグレイン。貴女は?」
 相手は本当に自分の事を知らないのだろうか。そう思いつつ、彼女は未だ、警戒を緩めない。
「…この屋敷は、誰のモノか知らないの?」
「…御免ね、知らないんだ。ずっと前からあったことは知っていたけれど、暫く誰も住んでいなかったし…。このところ明かりも付いているし、窓も開いているから、ちょっと御邪魔しちゃった」
 その、屈託のない口調と表情に、彼女は再び溜め息を吐き出す。
 どうやら、自分を追って来た使途でもなさそうであるし、敵でもないようだ。
「私は…ガブリエル。この屋敷は今は私の所有物だから、勝手に入って来られては迷惑だわ」
「そうか。気を付ける。御免ね」
 にっこりと笑う相手。彼女が名乗っても顔色一つ変えないと言うことは、彼女の名前すら、知らなかったのかも知れない。
 自分の事を知らない相手。それは、ガブリエルにとっては久しく逢ったことのない存在だった。
「…貴方は、精霊なの…?」
 ガブリエルは小さく問いかける。
「そう。あの向こうに見える森に住んでいるんだ」
 そう言って彼が指を指す先には、先程見た豊かな森。
 王都で生まれ育ったガブリエルは、精霊と会う機会は殆どなかった。ましてや、自分の事を知らないとくれば、尚更のこと。その安心感が、彼女の警戒を知らぬ間に緩めていたのかも知れない。
「…また、来ても良い?」
 そう問いかけられる。
「…良いわ。その代わり、必ず前以って連絡して」
 その答えすら、自然に出た言葉だった。
 すると、相手はにっこりと微笑む。
「わかった。じゃあね、ガブリエル」
 そう言葉を残し、相手は再び小さな光となって窓から出て行く。
 その小さな光をぼんやりと見送りながら、ガブリエルは再び溜め息を零す。
 精霊との出逢い。その些細なきっかけが、ガブリエルの運命を大きく変えることになるなど、考えてもみないことだった。

◆◇◆

 雷神界からのその連絡は、ラファエルの執務室へと届いた。
「これはライデン陛下。御元気そうで何よりです」
『御免ね、忙しいところ…』
 通信画面の向こうに見える雷帝と会ったのは、一ヶ月程前。雷帝の恋悪魔であるゼノン博士の生命を巻き込んだ一件の時以来である。
「どうなされたんですか?」
 どうも、神妙な表情の雷帝に、ラファエルは慎重に問いかける。すると雷帝は、ゆっくりと言葉を放った。
『あのさぁ…ガブリエルに連絡を取りたいんだけど…』
「…ガブリエル…ですか?」
 思いがけない名前に、ラファエルは思わず問い返す。
『うん。返したいものがあるんだけど…連絡が取れなくてさぁ…あんたなら、連絡が取れるだろうと思って』
「……そうですか。もし宜しければ、その品物をわたしの執務室まで御持ち戴けますか?」
 どう答えを返そうかと迷った挙句、ラファエルは雷帝にそう告げた。その返答に、何かを察したのだろう。雷帝は僅かに表情を変える。
『…ガブリエルに…何かあったの…?』
「…こちらに御越しいただいた時に御話致します。回線ではちょっと…」
『…そう。じゃあ、明日にでも行くよ。大丈夫?』
「はい。御待ちしております」
 雷帝の怪訝そうな表情を残し、回線は切れた。そしてラファエルは溜め息を一つ。
 ガブリエルのことを、何処まで話したら良いのだろう。そう思いながらも、雷帝がガブリエルに返したいものがあると言っていたことを思い出す。
 雷帝とガブリエルが関わったのは、一ヶ月前の一件が最初で最後だったはず。その時に関係するものと言えば、一つしかない。
 それは、あの時雷帝が探していた、"魂を吸い取る剣"。
 生憎ラファエルは聞いたことがなかったが…ガブリエルはそれを知っていると言っていたはず。それが、あの一件に絡んでいたことは間違いないのだ。
 そしてその一件の後、ガブリエルは変化を見せた。良い意味でも、悪い意味でも。
 ラファエルが大きな溜め息を吐き出していたのは言うまでもない。

 翌日、約束通りにラファエルの執務室を訪れる雷帝の姿があった。
「御足労願いまして、申し訳ありません」
「ううん。俺の都合だもん。気にしないで」
 にっこりと微笑む雷帝は、昔と何ら変わりはない。否、寧ろ昔よりも落ち着いているだろう。
「それで…ガブリエルに返したいものとは…?」
「あぁ、そのことなんだけど…」
 彼らがソファーに腰を下ろすや否や、雷帝に着いて来た側近がそれを差し出す。
 細長い包み。そこに何らかの封印が施されているのは間違いない。
「ロシュはもう良いよ。廊下で待ってて」
「…御意に」
 側近は雷帝に包みを渡すと、静かに頭を下げて廊下へと出て行く。その背中を見送り、雷帝は解呪の言葉を口にすると、包みにかけられていた封印を解く。
「…厳重ですね」
 その様子に、ラファエルは思わず口を挟む。
「うん、念の為…ね」
 そして開かれた包みから出されたのは、一振りの剣。鞘はなく、眩い銀色の刀身が彼らを見据えた。
「…それは…以前こちらにいらした時に話していた、"魂を吸い取る剣"…ですか?」
「そう。"制覇の剣(せいはのつるぎ)"って言うんだって」
「…"制覇の剣"…」
 雷帝の言葉に、ふっと記憶が甦る。そして小さく息を飲んだ。
「聞いたことある?」
 ラファエルの様子を伺いながら、問いかけた雷帝。
「………ルシフェルが…仕立てた剣…ですよね…?」
「そうみたいね。魔界にあるもう一本の剣と対になってるんだってね。俺たちも知らなかったけれどね」
 その言葉に、僅かに表情を曇らせるラファエル。
「魔界にもう一本…」
「…ホントに…知らなかったの…?」
 思わず問いかけたその言葉に、ラファエルは小さく頷いた。
「ルシフェルが仕立てたことは聞きました。けれど、彼が魔界に降りた時のことは…わたしは、何も覚えていないので…」
「…そう。まぁ、それに関しては別に俺は何にも言及はしないけどね。ただ、この剣を返しに来ただけだから」
 そこに何かがある、とは察する。けれど今は、それを言及する必要はない。それは、雷帝の判断だった。
「それで…この剣を、どうしてガブリエルに…?」
 話を戻したラファエルは、ふっと表情を引き締める。
 ガブリエルとルシフェルは結びつかない。一度も顔を合わせたことはなかったはずである。そんな意識が、ラファエルにそう問いかけさせていた。
「この剣の現在の所有者はガブリエルなんだって。何でも、ミカエルから譲り受けた護り刀だったとか。それが、何者かに盗まれて悪用された。ゼノンの生命を奪ったのは、この剣だよ。でも、この剣が雷神界に残らなければ、ゼノンは助からなかったし…。本当は、犯人を見つけてから返す約束だったんだけど、犯人は…多分、出て来ない。待ってたらいつになるかわからない。でも、ガブリエルにはゼノンを助ける為に協力して貰ったし、ガブリエルにとっても大事なモノだから、返そうと思ったんだけど…一向に連絡が取れなくてさぁ」
 雷帝の表情も神妙に変わる。
「昨日…回線では言えないみたいだったから、今日は直接聞かせて貰いたい。ガブリエルは何処に行ったの…?」
 率直な言葉に、ラファエルは小さく吐息を吐き出した。
 この雷帝は、自分たちが想像していたよりもずっと鋭い。その鋭い観察眼と回転の速い思考を前に…偽ることは皆無。それは、昨日から覚悟はしていた。だから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…ガブリエルは…王都を出て行きました。行き先は…わかりません」
 その言葉を、雷帝は息を飲んで聞いていた。
「王都を出て行ったって…どう言うこと?」
「その言葉の通りとしか、言い様はありません。勿論、引き留めたのですが…どうしても出て行くと言って、職務も辞任しました。屋敷も何もかも、綺麗に引き払ってしまったので…居場所はわからないのです」
 悲痛そうな表情を浮かべるラファエル。それだけで、彼らがどれだけの打撃を受けたかが一目瞭然だった。
 勿論、王都とて要の一つを失ったのだから、不安定極まりないことだろう。
 もし、それが自国たる雷神界だったら。そして、もう一つの故郷とも言える魔界であったら。その深刻さは、重大な問題である。それがわかるが故に、雷帝も言葉を返すことが出来なかった。
 暫く、重苦しい沈黙が続いた。そしてその沈黙を破ったのは、この執務室の主たるラファエル。
「…彼女には…彼女なりの想いがあって、ここを出て行ったのですから…わたしたちに留めることが出来なくても当然だったのかも知れません。けれど、またいつか戻って来てくれると信じています。ですから…その剣は、わたしが預からせていただきます。事と次第によっては、元の持ち主であるミカエルに返すことになるかも知れませんが…それで宜しいでしょうか?」
 そう言葉を放つラファエルの表情は、とても苦しそうに見える。けれど、その現実は逃れようがない。
「…うん。元々天界にあったものだからね、俺が持っているよりも、こっちで保管して貰っている方が良いと思うから…御願いするよ。あんたに一任する」
 そう呟いて、雷帝は剣をラファエルへと渡した。
「じゃあ…俺はこれで。もし、ガブリエルが帰って来たら…彼女にも伝えて欲しいことがあるんだけど…」
「何ですか?」
 問いかけた声に、雷帝はその頬を僅かに赤くする。
「俺ね…ゼノンと結婚することになったから。親父の代から二代続けて魔族との結婚だからね。こっちにも迷惑かけると思うから、ミカエルにもまた改めて話には来るけど…ゼノンが生きていられるのも、ガブリエルのおかげだから…俺が感謝していたって、伝えて欲しいんだ」
「そうですか。おめでとうございます。ガブリエルにも、彼女が戻って来たら必ず伝えますから」
 やっと、微笑を浮かべたラファエルに、雷帝も僅かに安堵の吐息を零す。
「貴殿たちに…御加護がありますように」
 天界人らしく、祈りの言葉を口にするラファエル。
「ありがとう。じゃあ、また」
 雷帝はそれだけ言葉を残し、執務室から出て行った。
 雷帝の婚姻。状況だけを考えれば、彼らもまた諸手を挙げて浮かれている訳にはいかないのだろう。けれど、新たなる出発としては喜ばしいこと。ガブリエルも…きっと何処かで、噂にでも聞いていて欲しい。
 それは、ラファエルにとっても…雷帝にとっても、切なる願いだった。

◇◆◇

 ガブリエルが奇妙なグレインと出逢った翌日の夜。その日も細い月が浮かんでいた。
 小さな屋敷の自室で残務整理をしていたガブリエルの手元に、ふと何かが落ちて来た。
「…?」
 手を止め、その"何か"に目を向けてみれば…それは、淡いピンク色の小さな可愛い花。
 この日は昨日と違い、窓を開けてはいない。だから、通常ならば入って来るはずのない花である。
 暫くの間、首を傾げてその小さな花を見つめていたガブリエルであったが、やがてあることを思い出し、窓辺へと歩み寄ると、そっと窓を開けた。
 闇が降りた世界。少しひんやりとした風が心地良かった。
 そんな外に向け、ガブリエルは言葉を放つ。
「…グレイン、いるの?」
 不意にガブリエルの手元に落ちて来た花は、多分昨日のグレインが落としたもの。来る前に連絡をして、と言ったガブリエルの言葉に答えたものだろうと察したのだ。
 ガブリエルが呼びかけてから数秒後、案の定、ガブリエルの前に小さな光が現われた。
「こんばんは、ガブリエル」
 小さな光は、ガブリエルの掌程の小さな人型へと変わる。恐らく、その大きさがグレイン本来の大きさなのだろう。
「この花は貴方?」
 手に持った小さなピンク色の花を翳し、ガブリエルは問いかける。
「そうだよ。昨日、来る前には連絡して、って言ったでしょう?だから、ガブリエルに似合う花にしたの」
「…そう」
 無邪気なグレインの姿に、ガブリエルは思わず笑いを零す。
 自分が現われる証を、小さな可愛い花で現すなど。その発想が可笑しくて…そしてそれが、自分に似合う花だと言われたことが、少し照れ臭くて。
「気に入ってくれたみたいで良かった」
 そう言われ、ガブリエルはハッとしたように笑うのを止めた。
 こんな風に笑ったのは…どれくらい振りだっただろう…?それは、久しく記憶になかった。
 だが、ガブリエルが笑ったことで、グレインは御機嫌のようだ。
「ねぇ、ガブリエル。ちょっと森へ行かない?見せたいモノがあるんだ」
 笑うガブリエルの姿に、グレインは気を良くしたのだろう。唐突に、そう言葉を放つ。
「今から?もう夜よ」
「夜だから、見せてあげたいんだ」
「……」
 幾ら気を許し始めたとは言え、相手は得体の知れない精霊である。言われるままに森へ着いて行って何かあっては…と思うと、すんなりと応じることが出来ない。
 躊躇うガブリエルの姿に、グレインもそれを察したのだろう。
「…やっぱり、駄目だよね。忙しいみたいだし…」
 残念そうに微笑んだグレインの姿に、ガブリエルは思わず口を開く。
「行くわ」
「…良いの…?」
 ガブリエルが急に態度を変えたのは、どうしてだっただろう。ガブリエル自身にも、それは良くわからなかった。ただ…行かなければならないような気がして…。
「仕事なら大丈夫。急ぐ訳ではないから」
 軽く微笑んだガブリエル。その姿に、やっとグレインもいつもの微笑を浮かべた。
「じゃあ、行こう」
「えぇ」
 グレインは、ガブリエルと同じくらいの人型へと更に姿を大きくすると、ガブリエルの手を取った。
 それは…とても温かい手。その温もりは…傷付いた胸の奥も、ほんのりと暖めてくれた。
 にっこりと微笑んだグレイン。そして彼らは、窓から森を目指した。
 
 豊かな森は、細い月の光など簡単に遮ってしまっていた。
 薄暗い森の木々は深く、ガブリエルは安易にグレインに着いて来たことを、僅かながら後悔していた。
「…まだなの?」
 どのくらい歩いたのか、良くわからない。初めてこの森に入るガブリエルには、どれも同じ木に見えるのだ。だから、同じ所をぐるぐると回っているような感覚しかなかった。
「もう少しだけど…大丈夫?」
 ガブリエルを気遣い、手を繋いだまま先を行くグレインも心配そうに声をかける。
「…何とか…」
 正直、そう言葉を紡ぐことが精一杯だった。
 胸の中を過る不安。それは、ガブリエルが初めて抱いた感情だったのかも知れない。
 怖いもの知らずと言われる程、度胸の据わった戦士だったガブリエル。そのガブリエルが戦線を離れ、仲間の元を離れ、たった一人になった今…何処へ連れて行かれるのかもわからない不安を、このたった一名のグレインから与えられたのだ。
 けれど、それはガブリエルが自ら選んだのだから仕方がない。何が起きても悔いはないと覚悟を決めた頃、グレインが歩みを止めた。
「…着いたよ」
 その声に促され、顔を上げたガブリエルが見たものは…薄暗い木々の間から見える、ほんのりとした耀きの数々。それはまるで幻想のように美しくて…言葉も見つからなかった。
「貴女に、これを、見せたかったんだ」
 柔らかい声。そして、沈黙。
 ガブリエルは、薄暗い闇の中に漂う、幾つもの耀きに見惚れていた。そして半ば無意識に、グレインの手を握り締めていた。
 どのくらい経っただろう。はらりと、ガブリエルの頬を伝わった雫。
 その頬に指先を伸ばして触れたグレインに、ガブリエルが驚いて我に返る。
「……御免なさい…」
 慌てて頬を拭うガブリエル。その隣で、グレインは小さく微笑んでガブリエルを見つめていた。
「ここは、僕の一番好きな場所。光の精霊たちの棲家なんだ。本当は警戒心が強いんだけど、貴女は大丈夫だったね」
「…グレイン…」
「僕たち精霊は…本能でわかるんだ。危害を与えられるか、安全か、ってね。だから貴女は優しい人だね」
 にっこりと笑ってそう言うグレインに、ガブリエルは小さく息を吐き出した。
 警戒心の強い精霊から受け入れられるとは思ってもみないこと。そして、自然に涙が零れる程、ガブリエルの心を揺さぶった精霊たちに出会うことが出来たこと。それは、王都にいた頃は考えられないことばかりだった。
 グレインに出会って…何かが変わる。
 それは、直感だった。
「…有難う」
 その言葉が、その時の精一杯の気持ちだった。
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如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
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がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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