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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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ひかりのかけら 4

第四部"for EXTRA" (略して第四部"E")

こちらは、以前のHPで2005年06月25日にUPしたものです。
第四部は徐々にオリキャラメインとなりますので、御注意ください。
興味のある方のみ、どうぞ。(^^;
4話完結 act.4

拍手[1回]


◇◆◇

 数日後、ラファエルはあの森を訪ねていた。ただ、深い森の中を進むことは出来ず、ただ、その入り口でその姿を待つしかなかった。
 そして、暫しの後。待ち詫びた姿が現れた。
「…前置きはいらない。結果を教えて」
 そう、言葉を発したのは精霊。
「…結論から言えば、彼女の子供は…生まれて来て良かった、と言っていたようです」
 ラファエルがそう答えると、グレインは小さな吐息を吐き出した。
「そう。それは…ガブリエルにとって、良かった、ってことなんだよね?」
「…そうであると良いのですが」
 ラファエルも、小さく吐息を吐き出す。
 素直にそうだ、と言えないのは…どうしてなのだろう。数日間、ずっと心の中がモヤモヤしている気がする。そう思いながら、ラファエルは溜め息を吐き出していた。
 そんなラファエルの姿を、グレインはじっと見つめていた。
「貴方は…彼女が倖せになることが不満なの?」
 そう問いかけられ、ラファエルは思わず息を飲んだ。
「まさか。そんなことを思うはずはないじゃないですか」
「じゃあ、どうしてそんな顔をするのさ?彼女の子供は、生まれて来て良かったと言ったんでしょ?なのにどうして、不満そうな顔してるの?その答えが、貴方には不服だったってことなんじゃないの…?」
 そう捲くし立てられ、ラファエルは口を噤んだ。
 そんなつもりは毛頭ない。ガブリエルの倖せを願う気持ちに、偽りはない。
 ただ…ずっと、胸の奥に引っかかっている何かがある。それはわかっていた。その正体が、わからないだけで。
 暫し、想いを巡らせる。
 その脳裏に過ぎったのは…大切な、仲間の笑顔。
 彼に反旗を翻したのは…他ならぬ、ラファエル自身、なのだと。
 大きく息を吐き出したラファエルは、ゆっくりと口を開いた。
「…御免なさい。何が良いことなのか…正解は、わたしにもわかりません。勿論、彼女には倖せになって貰いたい。その思いはあります。ただ…彼女が倖せになることは、彼女の伴侶を…苦しめることにもなるかも知れない。わたしにとって、二人とも大切な仲間です。貴方には納得出来ないかも知れませんが…出来ることなら、二人とも助けたい。それが無理なことは重々承知です。だからこそ…素直に喜べないのかも知れません…」
 そう。ラファエルにとって…出来る事なら、二人とも助けたいと思うのが当然の答え。けれど、どちらかの倖せを選べば、どちらかを傷つけることは必須なのだ。だからこそ…胸の奥が、軋んでいるのだと。漸く、その答えに辿り着いた。
 しかしながら、それはラファエルの都合であって…グレインにとっては、ガブリエルを傷つけたミカエルは、敵以外の何者でもないのだ。
「…僕は…彼女を助けたい。その為に、貴方に打ち明けたんだ。でも…僕には、彼女を助ける力はない。だから…貴方しか、頼れない…」
「…グレイン…」
 ここへ来て、弱気なその姿。それは…先日までの気丈な姿ではなかった。
「…彼女は…ずっと、窓を開けてくれない…あの日から、ずっと…僕を拒んでいるんだ。僕の話も聞いてくれない…」
 俯いたグレインの表情は、とても悲しそうで。それだけ、ガブリエルを案じていてくれるのだ。
 だからこそ…踏み出さなければ。
 それは、ラファエルにも言えること。
「一緒に…ガブリエルに会いに行きませんか?」
 そう、声をかける。けれど、グレインは首を縦には振らなかった。
「僕は……きっと、彼女に受け入れては貰えない。僕が、彼女を好きだって言ったから…彼女は怒ったんだ。自分の"身分"も考えない僕に……」
「グレイン…」
 思い詰めたままの表情で、グレインは眼差しを伏せる。
「…仲間たちが…噂してた。あの屋敷の持ち主のこと。王都でも指折りの貴族だ、って…。何も知らなかったのは僕だけ…。馬鹿…みたいだ。彼女を助けてあげたかったけれど、結局僕には何も出来ない。全部…貴方に頼らなければ、何一つ…」
 吐き出すように言葉を紡ぐグレインを、ラファエルはただ見つめていることしか出来なかった。
「僕は、彼女が倖せになればそれで良い。呪縛から解き放たれるのなら、それで良い。だから…僕は行かない」
 そう言い残し、精霊は姿を消してしまった。
 そしてそれっきり、戻って来ることはなかった。
 全て、間違っていたのだろうか? 
 溜め息を吐き出したラファエルは、結局一人でガブリエルの元へと向かった。

◇◆◇

 窓を締め切り、カーテンも閉ざした部屋の中。ガブリエルは机に向かって残務整理をしていた。
 もう幾日、こうして過ごしただろう。けれど、そうして仕事に向かっていることが、自身を支えるせめてもの手段だったのだ。
 だが、その気晴らしを中断させるノックの音に、彼女は顔を上げた。
「…はい?」
 いつもなら、職務中は誰も近付くはずのない日常。けれど、そのノックは彼女を現実に引き戻す為のものであることは間違いない。
『…御客様がいらしておりますが…』
 躊躇いがちな使用人の声が終わらないうちに、もう一つの声が届く。
『開けますよ』
 ガブリエルの返事を待たず、開かれた扉。そしてそこには、数日振りの仲間の姿。
「…何の用?」
 穏やかには過ごせないであろう予感を感じながら、問いかけた声。その問いかけの答えを返さず、ドアを閉め、部屋を隔離したのは、いつになく穏やかな表情ではないラファエル。
「話が、あります」
「…でしょうね。そうでなければ、ここへは来ないでしょうから」
 溜め息を吐き出しつつ、ガブリエルは書類へと視線を戻す。
 その姿は、かつてと何の変わりもない。真面目で、気の強い指導者。
「…数日前…雷帝に、連絡を取りました。エース長官に会わせて貰いたいと」
 ガブリエルの背中に向け、ラファエルはそう言葉を紡ぎ始める。一瞬動きの止まった背中は、ラファエルの次の言葉を警戒したのかも知れない。
「…そこで、エース長官に話しました。"彼"に……貴女が産んだ"子供"が…今、貴女を、どう思っているのかを知りたいと」
 その瞬間、がたっと大きな音と共に椅子から立ち上がったガブリエルは、何の躊躇いもなく、ラファエルの頬を叩いた。
「勝手なことをしないで!!」
 一瞬よろめいたものの、身体を支え直したラファエルは、自分を見つめる怒りに燃える眼差しを見た。
「誰が貴方にそんなことを頼んだのよ!!私は、"あの子"の気持ちを知りたいだなんて一言も言った覚えはないわ…っ!」
「確かに、貴女は一言も言っていません。けれど、貴女は"彼"を産んだ罪悪感に捕らわれて逃れられない。だから、少しでもその呪縛を解く為に…」
「頼まれてもいないことを勝手にするだなんて、服務規律違反だわ!」
 思わず口走ったガブリエルの言葉に、ラファエルは小さく吐息を吐き出した。
「…確かに、指揮官である貴女はわたしよりも立場は上です。ですが残念ながら、わたしは貴女の部下じゃない。だから、服務規律違反にはなりません」
「……っ」
 ぎっと唇を噛み締め、怒りを堪えるガブリエル。ラファエルを睨み付ける眼差しは、相変わらず弱まる気配もない。
「それに…貴女ではない"ヒト"から頼まれました。貴女を…助けて欲しい、と。わたしも自分なりに良く考えた結果です。全ての呪縛から貴女を解放するには、それが一番良い方法だと思ったから、エース長官に話をしたのです」
「…誰なの…貴方にそんなことを頼んだのは」
「思い当たりませんか?」
 問い返したラファエルの声に、ガブリエルは一瞬息を飲む。
「…グレイン…?」
「…そうです。彼は、貴女の為を想ってのことです」
 けれどその瞬間、ガブリエルの表情に再び怒りの色が浮かんだ。
「馬鹿にしているわ!私のこと、何も知らないくせに…っ!そんな勝手なこと…っ!!」
「何も知らなかったから、出来たことではないんですか?貴女を良く知っている者なら、こうして貴女が怒りに顔色を変えて手を上げることぐらいわかっていますから」
 さらりとそう言った声に、ガブリエルは大きく息を吐き出した。それはまるで、気持ちを静めるかのように。
「彼は…純粋に、貴女に好意を寄せていただけです。だから、何とかして貴女を助けたかった。ただそれだけのことです。それ以上深読みする必要はないでしょうし、深読みしたところで何も出て来ないでしょう」
「でも、だからって…っ」
「なら、他に貴女を救う為に何をしたら良いんですか?貴女を苦しみから解き放つ為に、他に手段があったとでも?」
「……」
 きつく唇を噛み締めるガブリエル。その表情は、とても苦しそうで。
 その胸の内は、当然穏やかではない。けれど、今ならばまだ、その胸の傷を癒せるはず。そして、新たな道を歩き始めることが出来るはず。
「まだ…間に合います。今ならまだ…貴女は倖せになれるはずです。ですから…」
 まるでガブリエルの気持ちを代弁するかのようなラファエルの言葉。けれど、ガブリエルは大きく息を吐き出した。
「もう…手遅れ、よ。私は、何もかも切り捨ててしまったのよ。王都も…ミカエルも…グレインのことも。それが、"あの子"を捨てた私に科せられた罰、なのよ」
 悲痛な表情を見せるガブリエルは、一瞬だけ、ラファエルを見つめた。けれど直ぐにその眼差しを伏せ、背中を向ける。
「全てを知る必要は…何処にもなかった。後悔しているわ。貴方もグレインも巻き込んで…傷つけて。虫の良い話だと言うことはわかっているわ。でも…これ以上、踏み込まないで。私も踏み込まない。だから…貴方も忘れて欲しいの」
「…ガブリエル…」
「…手を上げて、ごめんなさい。でも…もう、一人にして…」
 それ以上、ラファエルには何も言えなかった。
 ただ…ラファエルの胸に過ぎった罪悪感。それは、王都に帰っても消えなかった。

◆◇◆

 王都に戻って来たラファエルは、翌日ミカエルの執務室を訪れていた。
 ここに来るまでにずっと考えていたこと。それを実行するしか、彼女を救う手立てはないと思ったから。ラファエルにしてみれば、それは一大決心に等しかった。
 そのドアをノックすると、程なくして中から返事が返って来る。その声を聞き、ラファエルはゆっくりとドアを開けた。
「…あぁ、御前か。最近あちこち出歩いてるみたいだな。レイが心配していたぞ?」
 入り口に視線を向け、微かに微笑んでみせるミカエル。けれど、その微笑みは決して楽しくて零れるものではない。その裏に見え隠れする寂しそうな色。それが、ラファエルにとっても酷く苦しかった。
「…ラファ?」
 名を呼ばれ、ハッとしてミカエルを見つめ直す。そして、大きく息を吐き出すと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…御願いがあります。彼女を…ガブリエルを、助けて下さい」
「…ラファエル…」
 一瞬、ミカエルの瞳に浮かんだのは困惑の色。けれど、その表情はいつもと変わらず、平生を保っていた。
「彼女を…助けて下さい」
 もう一度、ラファエルは口を開く。そして、噛み締めた唇。それは、溢れる感情を堪える為。
 そんなラファエルの姿と、吐き出した言葉で、ミカエルは今彼らが置かれている状況を察することが出来た。
 自分と結んだ婚姻の誓約。それが今、彼女を苦しめているのだろう、と。
「そう…か」
 それならば、もうミカエルの答えは出ていた。
 ガブリエルが王都から消えてから、いつかこんな日が来ると思っていた。だから、その為に自分の気持ちの整理もつけていた。
 もう二度と…苦しめない為に。
「…馬鹿だな、御前は。そんなになるまで、一名で抱え込まなくても良かったものを…」
 ミカエルは、小さく笑った。そして、腕を伸ばしてラファエルの頭をそっと抱き締めた。
「心配するな。彼女を護るのは、わたしの役目だ。結婚する時に、そう約束したからね。尤も…これで最後になるのだろうけれどな」
「…ミカエル…」
 ミカエルを見つめたラファエルの瞳は潤んでいた。ミカエルはその眼差しを微笑みで受け留め、その頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「ガブリエルの居場所を、知っているんだろう?だったら、これを持って行ってやってくれ」
 ミカエルはそう言うとラファエルから離れ、執務机の引き出しを開けると、小さな箱を持って戻って来た。
「これは…」
 手渡された箱を見つめながら問いかけると、ミカエルは大きく息を吐き出す。
「餞別、だ」
「………」
 その言葉の意味する所は一つだけ。
 ミカエルも…覚悟を決めたのだと。
「もう、会うことはないかも知れないが…もしも困ったことがあったら、いつでも協力すると伝えてくれ。尤も、彼女にはその気はないだろうけれどな」
「ミカエル…」
 それが、今のミカエルに出来る精一杯のこと。
「…貴方はそれで…良いのですか…?」
 ガブリエルを解放する為には…それは、必然だったはず。けれど今この状況で…ラファエルは、そのミカエルの決断に、胸が痛かった。
「良いも悪いもないだろう?ガブリエルはそれを望んでいるのだろうし、わたしにはそれ以上してやれることもない。わたしが区切りをつけることで彼女が救われるのなら、それが何より良い方法だろう?」
 ミカエルはそう言って苦笑する。その笑いも、ラファエルには悲しく思えて仕方がない。
 パンドラの箱を開けてしまった、その結末。それが、この現実なのだ、と。
「…わたしの…責任です…全ての元凶は、わたしにあります。貴方も、ガブリエルも…レイも…みんな、わたしが巻き込んだんです……御免なさい…」
 ミカエルの手が、ラファエルの頬に触れる。
「…御前が泣くな」
 零れた涙を指先で拭い、ミカエルは小さな笑いを零す。
「誰の所為でもない。これは、我々の運命だったんだ。だから、気に病むな。また、レイが心配するからな。御前の事は…レイが支えてくれることを信じているから。ガブリエルのことは…頼むな」
「…ミカエル…」
 そっと頬を撫でる、温かい手。そして。
「…今まで有難うな」
「……ぁっ…」
 柔らかく微笑むミカエルの前…ラファエルは、零れる涙を止められなかった。
 ミカエルはラファエルの頬に手を添えたまま、ずっと微笑んでいた。
 全てを受け入れる、慈愛の天使そのままの微笑みで。
 そしてその微笑みは、ラファエルへの餞別となった。

 翌朝、王都にミカエルの姿はなかった。

◇◆◇

 何もやる気が起こらないまま、数日が過ぎていた。
 それは、誰にとっても同じだけ重い数日間。
 その中で、やっと行動を起こしたのはラファエルだった。

 数日振りにガブリエルの元を訪れたラファエルの手には、ミカエルが残した小さな箱。そして、ラファエルにしては珍しくずっと忘れていたのだが…雷帝から預かった"制覇の剣"。
「貴女に、渡す物があります」
 部屋には通して貰えたものの、背中を向けたままのガブリエルに向け、ラファエルはそう言葉を放つ。そしてまず、厳重に封印を施された細長い包みを差し出した。
「貴女が王都から姿を消してから暫くして、雷帝から預かったものです。貴女に返したいとのことでしたので、わたしが預かりました」
 その言葉に、ガブリエルはゆっくりと振り返る。そして、ラファエルが差し出している包みへと視線を向けた。
「…忘れていたわ…」
 ゆっくりと手を伸ばしたガブリエル。
「まだ、犯人の目星は付かないそうです。けれど、貴女から預かった大切なものだからと言っていました。彼らも…貴女のことを、心配しています」
「…そう。相変わらず、心配性なのね。そんなに人のことばかり心配していては、雷神界の行く末が心配だわ」
 表情を変えず、ガブリエルはラファエルから包みを受け取る。
「えぇ。けれど、良い報告も聞きました。雷帝とゼノン殿が、結婚なさるそうですよ」
「…そう。ならば、また魔界との癒着が強くなるのね」
 まるで関心のないような答え。それでも、その視線が幾分柔らかくなったように思えたのは…きっと、気の所為ではないはず。
 すべてのきっかけは…そこにあったのだから。
「…それからもう一つ…これを、預かって来ました」
 大きく息を吐き出したラファエルは、そう言ってもう片方の腕に抱えていた小さな箱を、ガブリエルへと差し出す。
「…雷帝から?」
 思い当たる節がないからだろう。ガブリエルは小さく首を傾げる。
「いいえ。これは…ミカエルから、です」
「…ラファエル…」
 瞬時にして、ガブリエルの表情が固まった。けれど、ラファエルはガブリエルの手を取ると、無理矢理その箱を押し付けた。
「わたしが…ミカエルに頼みました。貴女を助けて欲しいと」
「…また余計なことを…」
 溜め息と共に吐き出された、ガブリエルの声。
「確かに…余計なことだったかも知れません。ミカエルには、言わなければ良かったと…今になって、わたしも後悔しています。けれど…歯車は廻り始めてしまったのです。彼は…これは、我々の運命だったのだと言っていました。今となっては…その言葉を、受け入れるしかありません。だからわたしは、貴女にこれを渡します。ミカエルが貴女に残した…"餞別"です」
 ラファエルの奇妙な言い廻しに、ガブリエルはラファエルの顔を見つめた。
 "あの日"から、殆ど眠っていないラファエルの頬は以前よりも痩せ落ちたように見える。憔悴した面差しのラファエルの表情をまじまじと見つめたガブリエルは、この"箱"を受け取るに至った状況を推測し始めていた。
「開けて下さい」
 追い立てるような、ラファエルの声。その声に、ガブリエルは自分の腕の中に押し込まれた小さな箱の中に入っているであろう"何か"に対し、鼓動が早くなるのを感じていた。
 そっと、蓋にかけられた指先は微かに震えている。
 ゆっくりと蓋を開けたガブリエルの目に飛び込んで来たのは…古いが、手入れの行き届いた銀の杯。そして、一通の手紙。
「…これは…」
 ガブリエルが零した声は震えていた。
 見覚えのある銀の杯。それは…ミカエルとの婚姻の時にガブリエルが贈った誓約の品。それを返されたと言うことは、即ち誓約を破棄する、と言うことになる。
「…貴方が…ミカエルに頼み込んだの…?」
 思わず問いかけた声に、ラファエルはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。貴女が王都を出てから…ミカエル自身が出した結論、です。彼が区切りをつけることで、貴女が救われるのなら…それが何よりの良い方法だと…」
 ラファエルの脳裏に、微笑むミカエルの姿が甦った。
 穏やかに…柔らかく微笑んでいたミカエル。その胸の中は、どれだけ傷ついていたことだろう。それなのに、ミカエルの為に何も出来なかった。大切な親友を救ってやることが出来なかった。ラファエルは、この数日、その後悔で胸が締め付けられる思いだった。
 それでも…ガブリエルの為に。それが、ミカエルなりの、彼女への愛情だったのだろう。それを感じる度に、それを託された自分の役目を強く感じていたのだ。
 だから、こうしてここへやって来た。
 ガブリエルを、解放する為に。
 暫く杯を見つめていたガブリエルは、一緒に入っていた手紙へと指先を伸ばす。
 封を開け、その文面に目を通しながら、つぶやくようにその文面を口にした。
「……ガブリエルへ。わたしは、貴女を倖せには出来なかった。けれど…これから先、貴女には倖せになる権利がある。だから、この杯を貴女に返そう。もう一度…貴女が、倖せへと歩き始める為に」
 その脳裏に浮かんだのは…出逢った頃の、ミカエルの柔らかい微笑み。
「…もう、昔には戻れないが…わたしは果報者だったのだろうね。今まで…有難う……どうか、倖せに…」
 暫しの、沈黙。
 残されたのは、俯き、きつく唇を噛み締めるラファエル。そして、しっかりと顔を上げ、涙の浮かんだ眼差しで最後まで読み切ったガブリエル。
 ガブリエルもラファエルも、口を開かない。その静寂が…とても長く感じた。
 失って初めてわかる、相手の想い。
 抱いていたのは、憎しみだけだと思っていた。けれど…今になって、彼は彼なりに…彼女は彼女なりに、相手を想っていたのだと言うことを思い知らされた。
「…馬鹿ね…」
 ぽつりとつぶやいたガブリエル。
「…もっと早く…素直になれていたら、もっと違う道があったかも知れないのに…それに気がつかなかったなんて…本当に馬鹿だわ。ミカエルも…私も…」
 ガブリエルの頬を伝った涙。それは、ずっと堪えていたミカエルへの想い。
 もっと早く、素直になれていれば…何かが変わっていたかも知れない。けれどそれは、もう過去のこと。今更戻ることの出来ない現実。
「…倖せに…なってください。それが、ミカエルの望みでもあります。彼は、貴女を解放してくれました。だから、今度こそ…素直に、なってください」
 ラファエルの言葉が何を意味するのかはわかっていた。けれど、そこに踏み出す勇気は、まだ見つからない。
「…駄目よ。私は、彼を突き放したのよ。もう…受け入れてはくれないわ…」
 指先で涙を拭いながら、そう零した言葉。けれど、ラファエルはその言葉に首を横に振った。
「立ち向かいもせず、また…後悔するんですか?立ち向かって行って、もしも駄目だったら…戻って来ても良いんです。わたしがちゃんと…待っていますから。それが、わたしの役目です」
「…ラファエル…」
 未だ涙で潤んだ眼差しでラファエルを見つめたガブリエル。小さく微笑んで見せるラファエルは…尻込みする彼女を後押しするように、しっかりとした眼差しで見つめていた。
 大きく、息を吐き出したガブリエル。そして、ラファエルから受け取った包みを再び手に取ると、ラファエルへと差し出した。
「これを…ミカエルに渡してくれる…?」
「…ミカエルに…?」
 一瞬、ドキッとする。けれど、ラファエルはそれを顔に出すことはなかった。
「私が…ミカエルから受け取った、"誓約の品"だから…」
「……そう、ですか…」
 やっと、心を決めたガブリエル。だからこそ…ラファエルは、それを受け取るしかなかった。
「行ってらっしゃい」
 微笑みと共に、発した言葉。それが、今のラファエルには精一杯の声援。
「…行って来るわ」
 小さく微笑み、ガブリエルはドアを開け、"森"へと進む道を進み始めた。
 その背中を見送ったラファエルは、沈む気持ちを堪えるかのように、小さな吐息を吐き出していた。
 ガブリエルから受け取った"守り刀"を返す相手は…王都にはもういない。
 今は、それを伝えることも出来なかった。
 全ては、彼女の為に。
 それが、ミカエルの望みでもあったのだから。
 パンドラの箱の片隅に残ったのは…希望。
 今は、それを信じるしかなかった。

◇◆◇

 鬱蒼とする森の木々たちは、眩しい日の光さえ遮ってしまえる程、生命の力強さを感じさせていた。
 たった一度だけ、案内して貰った場所。ガブリエルは、そこを目指して歩いていた。
 勿論、正確に覚えている訳ではない。けれど、胸に抱いた強い思いは、きっとあの場所へ辿り着けるという確信を抱いていた。
 もう一度…あの"精霊"に会う為に。
 そして、どのくらい歩いたのだろう。日も暮れかけた頃、木々の間にぼんやりと仄かな明かりが見え始めた。
「…あれは…」
 以前連れて来て貰った、光の精霊たちの棲家。ガブリエルは、そこに辿り着いたのだ。
 弾む息を抑えながら、暫しその仄かな精霊たちの動きに見入る。
 暖かさを感じさせる小さな光の欠片たち。その光の一つが、ゆっくりとガブリエルに近付いて来た。
 思わず手を差し伸べると、そっとその掌に舞い降りる小さな精霊。小さなその姿は、真っ直ぐにガブリエルを見つめていた。
「…グレインに…会わせて。彼を…ここへ、連れて来て…」
 小さく、囁くような声。その小さな声に、光の精霊たちが一斉に舞い上がる。ただ一つ、ガブリエルの手の上の精霊だけは、未だガブリエルの目の前で小さな光を灯している。
 暫しの沈黙が辺りを包み込む。
 聞こえるのは、自分の呼吸の音。そして、森を渡る、風の音。
 果たして、光の精霊たちが自分の言うことを聞いてくれるのだろうか。ガブリエルの胸の中は、不安で一杯だった。
 そして、鼓動が早くなり、呼吸も浅くなり始めた頃。
 ガブリエルの視線の先が不意に明るくなり、ぼんやりとした形を作り始めた。
 思わず息を飲み、その形がはっきりとするまで、瞬きも忘れてじっと見つめていると、それは徐々に人の形へと成形されていく。
 その途端、ガブリエルの掌の上にいた精霊の光が、突然弾けた。
「…っ!」
 その眩しさに思わず腕で目を覆う。けれど直ぐに目を開け、再び光の塊へと視線を向けた。
 するとそこには…待ち詫びた姿。
「…ガブリエル…?」
 相手は、どうしてガブリエルがここにいるのかがわからないのだろう。目を丸くして、呆然とガブリエルを見つめていた。
「…グレイン…」
 ガブリエルは、微笑んで見せようとした。けれど、微笑んでいるつもりなのに…どうして、頬が冷たいのだろう。どうして…目の前の精霊の姿が、霞んでしまうのだろう。
「…どこから…話したら良いのかしら…」
 指先で冷たい頬を拭い、霞む瞳を拭う。
「…僕に…会いに来てくれたの…?」
 躊躇いがちに問い口を開いたグレイン。その声に、ガブリエルは小さな吐息を吐き出す。
「…貴方に会わなければいけないような気がして…」
 今度は、大きく息を吐き出すガブリエル。それは、気持ちを落ち着かせるかのように。
「あの人と…別れたの。あの人は、あの人なりに…私のことを思っていてくれたと言うことに、今になって気がついたわ。あの人も、私も…もっと早く素直になれていれば、もっと違う道があったかも知れない…」
「…後悔、しているの…?」
 そっと、問いかけられた言葉。けれど、ガブリエルは小さく首を横に振った。
「後悔はしていないわ。だって…これが現実だもの。あの人と上手くいかなかったことは事実だもの。今更、あの時こうしていればと言ったところで、時間は戻らないわ。全て、運命だったの。今なら…そう思えるわ。ただ…だからと言って、今すぐ貴方を受け入れることは出来ない。まだ…気持ちの整理が付いていないの。だから……」
 俯き、そう言葉を紡ぐガブリエル。けれどグレインは、にっこりと微笑んでみせた。
「…待ってるよ。僕は、貴女がこうして来てくれただけで嬉しいから」
「…グレイン…」
「有難う、ガブリエル」
 そっと、差し伸べられたグレインの手。その手は、これから先の未来をどう変えてくれるだろう。
 そんなことを考えながら、ガブリエルはグレインの手に自分の手をそっと重ねる。
「…有難う…」
 暖かな温もり。それが、今は何よりも嬉しかった。

◇◆◇

 運命の歯車が一つ、廻り始めた。
 未来のことは、まだ誰もわからなかった。
 けれど…そこには、"希望"があることを信じて。
 今は、その想いが全てだった。
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如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
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がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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