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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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開闢~かいびゃく~sideR
こちらは本日UPの新作です。

拍手[4回]


◇◆◇

 運命の歯車がまた一つ、動き出した。

 暖かい日差しの差し込む執務室。
 静かなその執務室に、主は不在だった。けれど、彼にとってそこは第二の居場所。
「…良い天気…」
 散歩にでも行こうかと思ったが…会いたい相手は、この執務室の主と共に、上層部の会議に出席だったはず。
「…しょうがない。本でも読んでようかな…」
 暇つぶしに…と持ち込んでいた本を手に、コーヒーを淹れ、ソファーへと腰を下ろす。そして、暫し、"留守番"を楽しむことにした。

◇◆◇

 ノックの音が聞こえ、ふと意識が引き戻された。
「ふぁい!」
 すっかり眠ってしまっていたらしい。思わず返事を返してしまったが…執務室を見回しても、主はまだ帰って来ていなかった。
『…失礼します』
「…まずい…」
 うっかり返事を返してしまった為、ノックをした相手はドアを開けて中へと入って来た。
「…忙しいところ済みません………あれ?」
 書類を手に入って来たのは、黒の軍服に身を包んだ赤き悪魔。そして顔を上げた彼は、執務机へと視線を向け…そこに目的の相手がいないことに声を上げた。
「あ、御免…デーさ……いや、デーモン閣下はまだ会議から戻られてなくて…」
「……は?」
 その視線が、ソファーに寝転がっていた彼へと向かう。怪訝そうなその表情は…明らかに、不機嫌そうだった。
「…えっと…御免なさい…うっかり返事しちゃって…」
「…誰、だ?」
 向けられた視線が、明らかに彼の姿を怪しがっている。
 ここは副大魔王の執務室。本を抱えたまま呑気にソファーに寝転んで…明らかに寝起きの様子の彼は、確かに怪しいことこの上ない。相手が変な誤解をすれば、下手をすればこのまま殺され兼ねない状況なのだから、無理もない。
 ここは、素直に名乗った方が良いのだろうが…実のところ、まだ彼がここにいることは、この執務室の主と、更にその上司、最近知り合った主付きの参謀と文化局の局長しか知らないこと。その身の安全を護る為に、他の者には決して名乗るな、と釘を刺されていた。
 ふと、彼の視線が相手の軍服の首元へと向く。そして、そこに付けられた軍章と…そして、階級章が目に入った。
----あれは確か……
 記憶を手繰り寄せ、再び相手の顔へと視線を向けた。そして、居住まいを正すと、にっこりと笑って見せた。
「俺は、ライデンと言います。貴殿は……情報局長官、ですね?」
「……あぁそうだが……ライデンと言う名は聞いたことはないが……?」
 敢えて、それ以上は名乗らない。けれど、にっこりと笑って少しでも相手の警戒を緩める。
「閣下に用件なら…重要なものでなければ、代わりに俺が聞いておきますが…」
 試しに、そう言ってみる。すると相手は、暫く何かを考えていたようだったが、やがて小さな溜め息を一つ吐き出すと、手に持っていた封筒から一綴りの書類を取り出して彼へと差し出した。
「これを御渡ししていただければわかると思います。今日は忙しくて出直す時間がありませんので、宜しく御願い致します」
「了解しました。御預かりします」
 にっこりと笑いながら、書類を受け取る。
「えぇっと……情報局の長官殿…確か、名前は…」
「…エース、と申します」
「あぁ、そうそう。エース長官、ね。承知しました」
 にっこりと微笑んだままそう返すと、相手…エースは、小さく頭を下げた。
「では、御願い致します。"ライデン殿下"」
 そう言い残し、踵を返して執務室を出て行ったエースを見送った彼。
「…そうだ、メモメモ」
 名前を忘れないように…と、メモ用紙を探したが、その執務机の上には見当たらなかった。けれど、引き出しを開けるのは流石に失礼だし…と、しょうがなく彼は今受け取った書類の裏に、机の上のペンで訪ねて来た相手の名前を残した。
「…あれ?そう言えば…俺、名前しか名乗らなかったはずだけど……?」
 名前しか、名乗らなかったはず。けれど相手は、敬称をつけて彼の名を呼んだ。思い出したように自分の着ている服に何か身元が割れるものがあるかどうかと確認したが、特に身位を示すものはつけていなかったはず。だとすると…相手は、率直に自分の見た目と名前からその身位を確信したのだろう。
「…流石、情報局の長官。侮れねぇな…」
 思わず、くすっと笑いが零れた。それは、本心から面白がっているようにも見える笑いだった。

◇◆◇

 来客が来てから二時間ほど経った頃。漸く執務室の主が帰って来た。
「ただいま…」
「あ、デーさん御帰り。ルーク参謀も一緒だったの?」
 ソファーにきちんと腰を下ろし、本を読んでいた彼…ライデンが出迎えたのは、この執務室の主、デーモン。そしてもう一名。副大魔王付きの軍事参謀、ルークだった。
「まぁ、ね。一応、閣下の参謀だしね」
 彼の身位は未だ内密と言うことだが…ルークに関しては、副大魔王付きと言う役職であることもあり、つい最近漸く紹介して貰えた間柄。けれど同い年と言うこともあり、御互いにすっかり馴染んでいる。
「予定時間より遅かったね?」
 時計へと目を向ける彼…ライデンに、デーモンは溜め息を一つ。
「あぁ。予想外に長引いてな…一息ついたら、また出かけなければならないんだがな…取り敢えず帰って来た」
 そう言いながら机へと向かう。と、そこに置かれた書類に目が留まった。
「…何だ?これ」
 机の上に置かれた、見覚えのない書類。尤も、最初から書類は机の上には出して行かなかったはず。となると、これはデーモンの知り得る書類でないことは確かだった。
「あぁ、それね。二時間くらい前かな。それ持って来た悪魔がいてね。名前は確か…そうそう、メモったんだ」
 そう言いながら、ソファーを立ち上がるライデン。ルークも書類を覗きに、執務机へと近付く。
「エース、じゃん。そう言えば、今日の会議欠席だったよね?」
 ライデンのメモを覗き込んだルークが声を上げると、ライデンの視線がルークへと向いた。
「知り合い?」
「まぁ…仕事で一緒になることも多いしね」
 そう言いながら、ルークはデーモンへとちょっと視線を向ける。
「…エースからは、昨日忙しくて会議には出られないと連絡が入っていた。代わりに副官が来ていただろう?と言うか…ライデン、これにメモしたのか…?」
 溜め息を吐き出しつつ椅子に腰を下ろすと、書類をライデンへと見せた。
「これは貸し出し書類だ。情報局に要返却なんだが…?」
「あ……御免…」
 良かれと思って預かった書類だが…中身の確認まではしていない。重要な書類かも知れないのだから、勝手に中を見てはいけない。それは、彼の最低限のマナーだったはずだが…それが裏目に出た訳で。
 ライデンの表情でそれを察したのだろう。責めることは出来ない…と思っていると、そこに横からルークが口を挟む。
「大丈夫だよ。別に、重要書類じゃないみたいだし。そこまで怒りゃしないって」
「…ルーク参謀…」
 ちょっとだけ、ホッとしたような表情のライデンに、ルークはにっこりと笑ってみせる。
「まぁ…重要書類ではないからな。謝罪すれば大丈夫だろうが…今後は気をつけろよ。と言うよりも…どうしてエースが、素直に御前に書類を託した…?まさか御前、名乗ったのか…?」
「えっと……名前だけ、だよ?そしたら、帰り際に…ライデン殿下、って言われたけど……」
「…エースなら、名前と容姿で察するだろうな…」
 情報局の敏腕長官なら、容易に察することは出来るだろう。相手が相手だけに、下手に誤魔化すよりはよい結果だったのだろうとは思う。
「…ゼノンにも、御前のことは知られてしまったしな。今更、エースにバレようが大差はないんだが…頼むから、こちら側の準備が整うまではあんまり交友関係を広げてくれるな…?」
「そんなこと言われてもさぁ…別に俺が押しかけた訳じゃないよ?向こうからやって来て、誰だ?って怪しまれたら、名乗るしかないじゃん…?」
「まぁ…わかるけれどな…」
 デーモンが心配する理由もわかる。彼の身の安全を考えれば、完全に体勢が整うまでは余り交友関係を広めて欲しくはないと思うのは当然のこと。けれど彼の行動がデーモンの想像を上回っており、既に後手に後手にと回りつつある訳で…それが非常に歯痒くもある。
「…御免ね?」
 溜め息を吐き出すデーモンに、ライデンは謝りつつ、上目遣いにデーモンの様子を伺い見る。
 その姿は、未だ無邪気さ満載。デーモンとは年は少ししか変わらない上に、修行中の一国の皇太子だと言うのに…何とも自国の皇太子とのギャップがあり過ぎる。デーモンが副大魔王の役職に着く前に知り合ったのだから、数年来の知り合いとなるのだが…未だ幼さが抜けきらないクセに、誰よりも先に想う相手と相思相愛だとは。そんな予想外の連続に、デーモン自身、まだ何処か戸惑っている節があるのは否めない。
「…気にするな。悪気があった訳じゃないんだろう?吾輩が頭を下げれば良い話だから」
 思わず苦笑しながらそう答えると、少しだけ何かを考えていたライデン。そして、小さく首を横に振った。
「御免。俺がちゃんと謝って来る」
「おい、ライデン…」
「だって、俺のミスだもん。デーさんに頭を下げさせる訳にはいかないよ。どうせ身バレしてるんだったら、潔く頭下げて来るから」
 そう言い張るライデン。見兼ねてルークも苦笑する。
「俺も一緒に行くよ。それなら良いでしょ?」
「…わかった。じゃあ、ライデンとルークに頼むから。まぁ、御前には悪態はつかないだろうしな」
 その言葉が引っかかったのか、ライデンは小さく首を傾げた。
「…デーさんには悪態つくの?まぁ、ちょっとだけ怖かったけど、気性が荒そうには見えなかったけど…?」
「まぁ…吾輩とは相性が悪いんだろう。ゼノンやルークとはそうでもないようだからな」
 相手から好かれていない。そう察するだけの要因があったのだろうが…ライデンにはどうにも納得のいかないことでもあった。
 ライデンにとっては、デーモンも多少融通が利かないところはあるが、それでも信頼出来る仲魔なのだ。そのデーモンが相性が悪い、とだけしか言わない相手が…果たして本当に敵対する相手なのか。それが引っかかっている。
 何より…一瞬デーモンが見せた表情が、とても寂しそうに見えたから。
「とにかく、吾輩のことは良いから。情報局には連絡を入れておくが、余計なことはするなよ。ルークが一緒だとは言え、真っ直ぐエースのところに行って、真っ直ぐ帰って来い。あんまり深入りするなよ」
 何処か深入りしそうな気配でも感じたのだろう。溜め息を吐き出しながらそう言ったデーモンに、ライデンは気になりながらも頷くしかなかった。


 デーモンが再び外出すると、残された意気消沈のライデンを宥めるのは必然的にルークの役目となった。
「まぁ、そんなに気にしなくても大丈夫だって。書類に名前書いたぐらいで、馬鹿みたいに怒るエースじゃないって。俺だって、初めてエースに会った時はさぁ、夜中の情報局のエースの執務室に窓から乱入していったけど、そんなに怒られなかったよ?」
 苦笑しながらそう零したルーク。その様子を想像しながら…ライデンは溜め息を一つ。
「…いや、それは常識として駄目でしょうよ…」
「だってしょうがないじゃん?電気ついてたのがエースの執務室だけだったんだもん。長官の執務室だなんて知らなかったし?」
 笑いながらそう言うルーク。その大胆な行動すら許してくれる相手なのに…どうしてデーモンは駄目なのだろうか…?
 再び、ライデンの脳裏に過ぎった想い。
「…ねぇ、ルーク参謀…何でエース長官は、デーさんと相性が悪いのかな…?」
 そう問いかけると、ルークの表情が少しだけ変わった。
「まぁ…そこに理由があるのは確かだろうと察してはいるけど、俺も何も言われてないからね。閣下は触れて欲しくないみたいだから、俺たちも向こうが何も言わない限り、介入し過ぎない方が良いみたいだよ。ゼノン博士は何か知ってるみたいだけど、敢えてどうこうしようともしてないしね。御互いに仕事には極力響かないようにもしてるみたいだし…閣下の言う通り、俺たちみたいに後から参入して来た輩は、下手に深入りしない方が良いかもよ?」
 ルークにしては、珍しく及び腰ではあるが…どうやら、理由は察しているようだ。だが、深入り出来ない理由が、そこにあるのだろうと察することは出来た。
 今は、大人しくしていようか。
 取り敢えずはそうしているのが最良のようだった。

◇◆◇

 翌日。ライデンはルークと一緒に情報局を訪れていた。
 デーモンが連絡を入れていたこともあり、すんなりと入局を許された。そしてルークに促されて最上階へとやって来ると、そのドアをノックする。
『どうぞ』
 中から声が聞こえると、ルークはそのドアを開けた。
「失礼します」
「…あぁ、ルーク。それから…ライデン殿下。いらっしゃることは伺っていましたが、どのような御用件で…?」
 執務机に着いている主…エースは、昨日見た姿と変わりない。
「えぇ、ちょっと…」
 ルークが背後にいるライデンを振り返ったところで、執務室に呼び出し音が響く。
「どうした?」
 回線を繋いだエースの視線の先には、画面に映った…恐らく副官の姿。
『申し訳ありません。そちらにルーク参謀がいらっしゃっていると思うのですが、軍事局から呼び出しがかかっております。至急、御戻りになられるようにとのことです』
 その声に、エースの視線がルークへと向く。
「…だそうだ」
「…ったく…しょうがないな…」
 恐らく予測は付いているのだろう。小さく溜め息を吐き出したルークは、ライデンを振り返ると頭を下げた。
「そう言うことらしいので、先に失礼します。後は…大丈夫?」
 心配そうにそっと視線を上げたルークに、ライデンは小さく笑う。
「大丈夫。有難うね」
 そう返すと、ルークも小さく笑う。そして改めてエースに向け、頭を下げた。
「来て早々申し訳ありません。呼び出されてしまったので、これで失礼致します」
「…あぁ…?」
 訪れて来た理由も良くわからないまま、一名の帰還。当然、エースは訳がわからないように首を傾げている。
「じゃあ、また」
 そう言い残し、ルークは慌しく執務室を後にした。
 その背中を見送ったライデンは…ほんの少し、胸に残ったモヤモヤに溜め息を一つ。
 実のところ…夕べ、デーモンには内緒で少しエースのことを調べていた。誰に対しても冷静沈着で感情を表に出すことは殆どない。けれどごく稀に、飛び切りの笑顔を見せる相手がいるのだとか。そして残念なことに、デーモンは…その相手ではないのだ。
----…一体、本命にはどんな顔して笑うんだか…
 視線をエースへと向け、思わずその顔をまじまじと見つめていたライデンに、エースは怪訝そうに眉を寄せた。
「…ライデン殿下?」
「あぁ、御免なさい…」
 観察するつもりが、思わず見とれていた。それだけ魅力的な見た目をしている。尤も、彼の好みではないが。
「えっと……昨日の書類を返しに…」
「書類?あぁ、あれならいつでも良かったのですが…」
「いえ…その……謝罪を兼ねて……」
「…謝罪?」
 ライデンの言っている意味が良くわからず、怪訝そうに首を傾げたエースに、ライデンは持参して来た封筒の中から一綴りの書類を取り出すと、エースへと差し出した。
「御免なさい!返却書類だと知らずに、メモ書きをしてしまって…」
「メモ書き……」
 差し出された書類の裏を見ると、そこには"情報局長官 エース"と名前が書かれていた。それを目にした瞬間、ぷっと小さく吹き出したエース。そして、くすくすと笑いを零した。
----あ…れ?笑ってっけど……??
「これじゃ、子供の持ち物みたいですね。書類に記名だなんて」
「…名前を忘れたら失礼だと思って…」
 くすくすと笑っていたエースであったが、申し訳なさそうな表情を浮かべるライデンの姿に、その笑いを収める。そして小さく息を吐き出した。
「別に、重要書類ではないので構いませんが……もしかして、デーモン閣下に怒られましたか…?」
 神妙過ぎるその姿に思わずそう問いかけると、その視線がふっとエースへと向いた。
「デーさんは別に、怒りはしなかったけど…今後、気をつけろって…」
「…"デーさん"?」
「あぁ、デーモン閣下のこと。敬称はいらないって御互いに約束したんだけど、年上だし…一応、敬意を持っての"さん付け"、ってことで…」
「そう、ですか」
 再び、エースの口元が小さく緩んだ。どうやら…ライデンの言葉の端々と行動が、その笑いを誘っているらしいことは察した。
「書類のことは構いませんよ。どうせ、わたしのところに保管する書類ですから」
「…有難うございます…」
----まぁ…怒られるよりは良いけど…変な感じ…
 そう思いながら、再びその姿を観察する。
 笑顔のエースは激レアだと言われているが…ライデンがここに来てから、大体笑っている。機嫌が良いのか、それ以上の理由があるのか。若しくは…ライデンの身位に気を使ってのビジネススマイルか。だが、それにしては笑顔が緩過ぎる。
「…えっと…許していただけたのは有難いのですが……エース長官は笑わない、って聞いてたんですけど…」
 思わずそう問いかけると、エースの笑いがすっと止まった。けれど、その眼差しに本来の鋭さはない。
「…まぁ、御座り下さい。折角なので、ゆっくり御話しでも」
 エースはそう言ってライデンをソファーへと促すと、御茶を淹れに立つ。そして御茶を淹れたカップを彼の前に置くと、自分もその正面に腰を下ろした。
「ライデン殿下は…デーモン閣下やルーク参謀と、仲が宜しいようですね」
 そう問いかけられ、ライデンは一瞬口を噤む。
 確かにデーモンとは仲は良い。デーモンがいるからこそ、彼は魔界へ来る決断をしたようなものだから。そしてデーモンの傍にいるルークとも、必然的に会う回数が多いのだから、親しくもなる。
 だがしかし。問いかけるエースの眼差しが…今までとは違って、とても冷たく見えたのは…果たして、気の所為なのか。
「…デーさんとは、仲は良いです。副大魔王閣下になられる前…まだダミアン殿下の補佐をしていた頃に用事があって魔界へ来た時に出逢いまして…色々と助けて貰って。今も、デーさんのところで衣食住の御世話になってます…ルーク参謀とは同い年だし、デーさんの執務室で良く会うので…」
 先ほどまでと違い…何故か、居心地が悪く感じる。多分、その要因はこのエースの眼差し。
 観察するような、見透かすような…薄ら冷たい眼差し。恐らくそれが、皆が知っているエースなのだろう。
「…エース長官は…デーさ…いや、デーモン閣下は…苦手、ですか?」
 思わず問いかけた言葉。
 デーモンは…自分が好かれていないと思っているだろう。何か理由があるとは言え…それを残念に思っているようだ。
 けれど、自分には、とても良く笑ってくれる。その差を知りたい。そんな思いで問いかけた言葉を…エースはどう受け取ったのだろうか。
 即答は、なかった。暫く考え…そしてゆっくりと、口を開いた。
「…正直に言えば…得意な相手ではありません。ただ、彼の悪魔性がどうのとか、そう言う問題ではなくて…ただ単に、合わないだろう、と」
「…どう言うこと…?」
 エースの言わんとすることが、どうも掴めない。ただ単に…初対面の時の印象が悪かった、とかそう言う事なのだろうか。そんなことを考えていると…再び、エースが口を開く。
「殿下は…護りたかった相手を失ったことがありますか…?」
「……え?」
 一瞬、ドキッとした。
 目の前のエースは、真っ直ぐにライデンを見つめている。
 それは今までとは全く違った…とても、苦しそうな眼差しで。
「ずっと…自分の手で、護っていたかった。生命をかけても良いと思っていた大切な相手を…失った。それは、今となっては誰か一名に背負わせるべき責任ではなかったこともわかっています。けれど…それを素直に受け入れることが、未だに出来ない。心の均衡を保つことが出来ない。感情を素直に表に出すことが不得意なのでしょう。だから…わたしは、感情を抑えるのです。貴殿に、そんな経験がありますか…?」
 どうしてエースが、初対面にも等しい自分に胸の内を晒しているのか。それはわからないが…苦しんでいる、と言うことだけはわかった。
 恐らく…そこに、デーモンが関わっているのだろう、と。
 大きく息を吐き出したライデンは…余り思い出したくはないその記憶を、呼び戻した。
「…俺も…あります。先ほど話した、魔界に来た時の用事…その時に、一つの"死"に出会いました。必ず助けてやると約束したのに…その夜に、生命を落とした。俺は…護ってやれなかった。自分の無力さが情けなくて…悔しくて…そんな自分が、何よりも嫌で仕方がなかった。でも…そんな俺を救ってくれたのが、デーさんだったんです。だから俺は、誰よりもデーさんを信じています。あのヒトは…大事な誰かを失う痛みを、ちゃんと知っているヒトなんだと。だからこそ、立ち直る道を、教えてくれることが出来たんだと。俺は…デーさんに出逢えて良かったと、本気で思っています…」
 はらりと、涙が零れた。
 あの時の悔しかった気持ちは…情けなかった気持ちは、今でも忘れてはいない。だからこそ…自分自身が強くなる為に。皇太子として、成長する為に。その為に、魔界へ修行に来たのだ。
 思わず零れた涙を手の甲で拭ったライデンを、じっと見つめていたエース。その表情は、先程よりも幾分柔らかい。けれどまだ、そこに先ほどのような笑顔はなかった。
 遠い記憶。そこにいたのは…外套を頭から被って俯いていた為顔はわからないが、背格好でまだ"子供"であることだけはわかった。
 自分以外の一族の全員を一晩で失った"子供"は…何を思って、生きて来たのか。この魔界で生きて行くことを選んだ"子供"は…何を、求めていたのか。
 それは、今でもわからない。ただ…ほんの少しだけ、遠くに何かが見えた気がした。
「…貴殿の御気持ちはわかりました。貴殿がデーモン閣下との信頼関係を築くきっかけが、楽しいことではなかったことも。ただ…わたしは、貴殿とは違うのですよ。心を開くことは簡単ではない。勿論、仕事上でならビジネススマイルぐらいは出来るようになりましたが、本心ではありません。本心を見せないのは、自分を護る為の手段です。心根が強いかどうかが、他悪魔前で笑えるかどうかの差ではないかと思います。貴殿にはそれが出来るのだから、やはり皇太子殿下として何れ雷神界を継ぐ強い血筋なのだと思いますよ」
「…そんな難しいこと、考えたことはないや…」
 大きく息を吐き出したライデンは、真っ直ぐに自分を見つめるエースの前…小さく笑いを零した。
「なんやかんや、理由をつけるのは簡単だけど…実際は難しいよね。でも、自分の感情を正当化する為の理由は、確かに必要かもね。過去は、変えられない。だから、後はどうやって前へ進むか。その方法は色々あるだろうけど…それが貴方には、笑顔を見せずにポーカーフェイスを保つこと、なんだね。そうやって自分自身で護らないと、強く生きてはいけなかった。感情を表に出すことが不得意だと貴方は言ったけど、それは貴方の素直な気持ちでしょう?だから俺は、それでも良いと思う。俺はそう言う生き方も好きだよ」
「ライデン殿下…」
 にっこりと笑ったライデン。勿論、敵意などそこには何一つない。
 そんな無垢な笑顔の前…エースは、くすっと笑いを零した。
「流石、と言う感じですね。無垢だと思いきや、実はかなり鋭い上に、芯はしっかりと強い。そのギャップは、貴殿を知らないとわからないでしょうね。貴殿には、ヒトの警戒を緩める天性の素質があるんだと思いますよ。全くの予想外の連続で、楽しいです。道理で…あのゼノンが、簡単に堕ちた訳だ」
「…ゼノン?」
 思いがけないところでその名前を言われ、ドキッとする。
「ゼノンと…親しいのですか?」
 問いかけた声に、エースは笑いを零した。
「えぇ、実は。士官学校時代に出逢いましてね、一番古い仲魔です。最近、大事な悪魔が出来たとは聞いていました。話を聞くに…どうやら、貴殿に間違いないのでは、と思いますが?」
 そう言われた途端、ライデンは顔がカァッと赤くなるのがわかった。そして、笑うエース。
「根は良い奴なんですけれどね、何せ不器用な上に臆病なもので。彼も色々背負っていますが…貴殿なら…まぁ、大丈夫そうですね」
「…根拠は?」
「勘、です」
 にっこりと笑ってそう答えたエースに、ライデンも思わず笑いを零した。
「良いねぇ、そう言うの。俺、好き。良い仲魔になれそう」
「仲魔…ですか」
 彼と仲魔になったら…なかなか面白いだろう。それは、エースにもわかった。
 この、無垢で純粋で…そして芯の強い皇太子との出逢いは、エースにとっても実のあるモノとなるだろう、と。
「良いですよ。わたしで良ければ」
 そう言ったエースに、ライデンはにっこりと笑った。
「じゃあ、あんたも敬語なし、ね。俺もデーさんに対してと同じで、敬語は使わない。それでも良い?」
「…勿論。でも、"さん付け"はいらないから。"エース"で十分」
 その言葉に、ライデンはくすっと笑った。
「じゃあ、"エース"。これからも宜しくね」
 差し出されたその手を、そっと握る。
 ほんのりと、胸の奥が暖かい。そんな気持ちを、エースは久しく感じてはいなかった。
 その胸の奥に、傷を負った経験があるが故に…その痛みを、前向きに捕らえられる。多分、それが彼のチカラ。だからこそ…ほんの少し、素直になれたのかも知れない。
「宜しく。"ライデン"」
 返って来る笑顔は、胸の痛みを少しだけ和らげてくれた。

「…因みにさ、どうして俺が皇太子だってわかったの…?」
 帰り際、そう問いかけたライデン。
「どうして、って…見た目も名前も雷神族で、副大魔王の執務室で居眠りしているくらいの身位は皇太子ぐらいだろう?」
 当たり前のようにそう言うエース。一瞬でそれを見抜いたその観察眼に、笑いが零れた。
「成程ね。じゃあ…デーさんが心配するから、これからその辺気をつけよう…」
「そうしてやれ」
 何気ないその一言。それだけで、未来がほんの少しだけ明るいような気がした。
 にっこりと微笑むライデン。その笑顔が、彼の素直な気持ちだった。

◇◆◇

 小さな点が集まる。
 ばらばらだった歯車は、ゆっくりと噛み合う。
 それが、当然のように。
 そして、彼らの運命は進み始めた。
 これから先の未来が…自分たちにとって、実のあるものであることを願いながら。
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プロフィール
HN:
如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
性別:
非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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