聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。
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楽園追放 5
エルがわたしの前から消え、わたしの中の彼の時間は止まってしまった。だが、現実だけは確実に時を刻んでいた。
彼の死によって、わたしは天界を離れ損なってしまった。
勿論、彼が、わたしが天使であり続けることを望んだと言うこともある。ただ、わたし個人としては…やはり、天界に残るのは心苦しかった。だから、確実に刻まれる時は、わたしの胸に更に深く罪を刻み込んでいた。
あれからどれくらいの時間が流れたのか、今のわたしには良くわからなかった。しかし、新しい神殿が枢密院に建ち、政治の中心がそちらに移ることになっただけの時間は経っていた。
旧神殿からの移動は殆ど終わり、後は熾天使の執務室の荷物を運び込むだけとなった。
引っ越しを予定していたその日、荷物は届いたのだが、主であるルシフェルは一向に新神殿に姿を見せなかった。
「…どうされたんだろうな、ルシフェル様は…」
そう言葉を零したのは、新たに上位三隊の下位、座天使に任命された、言わばわたしの上司である天使。
「ラファエル、様子を見て来てくれないか?」
「……はい?」
思わず問い返した声に、上司はムッとした表情を見せた。
「だから、様子を見て来いと言ってるんだ。ちゃんと聞いてろ」
「…申し訳ありません。行って参ります」
別に、ぼんやりしていた訳ではないのだが…ちょっとした失態にも、この上司は目敏く突いて来る。陰ながら溜め息を吐き出したわたしは、大人しく旧神殿へと歩き始めた。
エルを失ってから、わたしは旧礼拝堂には一度も足を踏み入れていない。それどころか、ルシフェルともロクに顔を合わせていない。
わたしがルシフェルを裏切ってしまったと言う事実がそこにあることが、わたしの足取りを酷く重くしているのは言うまでもない。
小さな溜め息を吐き出したわたしは、旧礼拝堂の扉の前に立っていた。
足取りのみならず、気も重い。あの上司も、何もわたしに命令することはないではないか…などと、的外れの僻みを言ってみたところで、今更どうなるはずもない。
諦めてその扉をノックするが、中からの返事はない。と言うことは、ルシフェルは執務室にいるのだろう。更に足を進め、執務室の扉の前に立ったわたしは、もう一度ノックする。
「…どうぞ」
今度は聞こえた声に、一瞬背筋を走った奇妙な感覚。
今のは、本当にルシフェルの声、なのだろうか。暫く聞いていなかったとは言え、その声に含まれている感覚が、何処か違うような気がする。
----ならば、確かめれば良いだけのこと…
そう意を決したわたしは、執務室の扉をゆっくりと開ける。
「失礼します」
その声だけで、わたしだとわかったようだ。ルシフェルは背を向けたままで、わたしに答えた。
「あぁ、ラファエル。どうした?」
後ろ手に扉を閉めたわたしは、その背中を見つめ続けていた。
見た目、何も変わらないルシフェルの背中。見慣れたその姿のはずなのに、感じる気配は僅かに違う。それを奇妙に思いつつ、わたしはゆっくりと口を開いた。
「…貴方の姿が見えないから、座天使様が心配していますよ」
「神経の細か過ぎるヤツは、それ以上出世出来ない。敬称を付けるだけ損だぞ」
くすっと小さな含み笑いを零しつつ、ルシフェルはそう言葉を発していた。
声も口調も、何も変わらない。だからこそ、感じる気配が微妙に違うことが、奇妙な違和感に感じるのだろう。だが、それをあからさまに出す訳にもいかず…わたしは、常のように振舞いながら、暫くその気を窺うことにした。
「ミカエルは、元気か?暫く、見かけていないが」
突然、ルシフェルはそう尋ねて来た。
「…相変わらずです。ここに…来ていなかったのですか?」
真面目で、神を崇める事を惜しまないミカエルがここに来ていないだなんて、まるで予想外のことだった。
だからこそ問いかけた声に、ルシフェルは再び小さな笑いを零す。
「どうやら、ミカエルには嫌われたようだ」
その答えも、奇妙なモノだった。そして、ルシフェルの態度も、わたしの中の疑惑を高めていた。
「…ルシフェル様…」
思わず呼びかけた声に、ルシフェルはやっとわたしを振り返った。その深い紺碧は、更に深みを増したように感じた。
ふとわたしの脳裏に過ったのは、黒曜石の瞳。
小さく息を飲んだわたしの行動には気が付かなかったのだろうか。ルシフェルは、ゆっくりとわたしに近付いて来た。
「ラファエル、礼拝堂に行ってみないか?」
「…えぇ」
促されるままに、わたしは壁一枚隔てた、隣の礼拝堂へと足を運んだ。
本来なら、もう立つことも許されない、神の御前。わたしは、自分には相応しくないその場所に、ルシフェルと共に立っていた。
「…どうして、新しい神殿を建てようと思ったんです?」
ずっと問いかけようと思っていたことを、わたしはルシフェルに問いかけた。
数多くの熾天使たちに崇められて来た祭壇は古めかしいの一言に尽きるが、それはそれで重みのある祭壇だった。そんなこの礼拝堂を、突然閉めなければならない理由が、多分ルシフェルにはあったのだろう。ただの気紛れなどとは、到底考えられない。
そんな期待を込めたわたしの声で察したのか、ルシフェルはその眼差しでじっと祭壇を見つめていた。
「…神は…何処までわたしの意を察しているんだろうな」
まるで独言のように紡がれた声は、酷く寂しそうに聞こえた。
「何処までって…貴方の意全て、ではないんですか?」
「もしも、神がいるのなら…な」
「…ルシフェル様…」
ドキッとして、わたしはルシフェルを見つめた。
「神は、ここに存在しているのでしょう?何を言ってるんです。熾天使たる貴方が…」
「熾天使だから、言える言葉じゃないのか?」
「…それは…」
「誰よりも良く、現実を知ってるのは熾天使だ。だから…」
深い紺碧を伏せたルシフェルは、深い溜め息を一つ吐き出した。それは、酷くわたしを不安にさせた。
やがて開かれた紺碧は、真っ直にわたしを見つめた。
「御前に…話しておかなければならないことがあるんだ」
そう切り出され、わたしはどう言葉を返していいものかと、一人思案に暮れていた。
ルシフェルの告白が、とんでもないことに繋がるであろうことは、何となくは察することが出来る。ただ、その限度がどのくらいのことなのかと言うことまでは想像も付かないが。
戸惑い気味のわたしを見つめつつ、ルシフェルはゆっくりとその口を開いた。
「この天界は…もうずっと前に、神に見放されている。多分…わたしや御前が、この天界に生を受ける、ずっと以前から」
「……っ」
「熾天使は、天界に住む者たちを、ずっと欺き続けて来たんだ。あたかも神がいるように振舞い、神の存在を信じさせて来た。勿論、わたしもその中の一人だ。人々を欺き続けて来た。熾天使の御位を、護るが為に」
胸が、痛かった。ルシフェルの告白に…その声の重さに。
「けれど…それは貴方一人の罪ではないでしょう?歴代の熾天使も、みんな…」
「そう。みんな、堕天使なんだ。御前以上の、な」
「…ルシフェル様…」
不思議だったのは、その告白の重さとは裏腹な程柔らかな、ルシフェルの表情。
「熾天使が一番の堕天使だなんて…誰が想像する?熾天使に憧れているヤツは大勢いる。勿論、わたしもその一名だった。幾ら憧れても…その御位を手に入れるまで、気付かないんだ。その地位が、人々を欺き続ける為の御位だと言うことに」
「……」
「わたしも…例外じゃない。熾天使に憧れ…その御位を手にしたいが為に…清廉潔白な天使であり続ける為に、わたしは、自分の中の穢れである半身を切り捨てた。御前に知り合う、ずっと前だ。そうすれば、熾天使になれると思っていた。結果、熾天使にはなれた。だが、そこにあるもう一つの罪にも、気付かざるを得なかった。全て、熾天使であるが故の械だ」
「熾天使であるが故の…械?」
「そう。この祭壇に崇められている、本当のモノだ。それが、熾天使が堕天使であり続けたもう一つの械だった」
すっと、ルシフェルの視線が祭壇を見つめた。そして、開かれた唇。
「この祭壇に崇められているのは…ある意味の"悪魔"だ」
「……"悪魔"…?」
「そう。"悪魔"、だ。"嫉妬"、と言う…な。上を目指す余り、自分よりももっと実力のある者に嫉妬する。彼奴がいなければと、思うことは誰にもでもあっただろう。この礼拝堂はな、そんな想いが溜まり、澱んだ場所だ。その一つの"嫉妬"が"罪"を生み、"死"を望んだ。それを生み出したのは、他の誰でもない。彼等の上に立つ…わたしたち熾天使だ」
大きく息を吐き出したわたしは、きつく目を閉じていた。
想像もしていなかった展開に、わたしの思考はパニックを起こしているのかも知れなかった。だが、ルシフェルの告白は偽りではない。全て、真実なのだ。
だからこそ…胸が痛い。
そして…もしかしたらの疑惑は、止まることを知らなかった。
「…貴方が…殺したんですか…?」
そう、問いかけずにはいられなかった。例え、目を開けられなくても。そう問いかけることで、胸が痛んだとしても。
それを聞き遂げなければ、わたしはルシフェルに対する想いをどうしていいのかわからないのだ。
大きく息を吐き出すのが聞こえた。僅かな間が、ルシフェルの決断を有する時間だったのだろう。ゆっくりと紡ぎ出された言葉は、わたしの想像通りのモノだった。
「…そう、だ」
途端、わたしの中の糸が一つ、途切れたような気がした。
「…どうして…」
本当は、問いかける必要などなかったはずだ。ルシフェルが言った通り、"嫉妬"が"罪"を生み、"死"を望んだのなら、理由など問わなくても答えは出ているはずなのに。
それなのに、問いかけたのは…ルシフェルの言い訳を、望んだのだろうか。全てに対しての理由を解明したところで、今までと何ら変わりはないと言うのに。
目を伏せたままで問いかけたわたしの声に、ルシフェルは小さな溜め息を吐き出していた。
「それを問うてどうするつもりだ?御前を盗られて悔しかったから、だなんて言い訳を期待した訳じゃないだろう?わたしの心理を一つづつ解明したところで、何になる?わたしが、彼奴を殺したことは事実だ。今更…何を問うつもりなんだ?」
「…わかっています…そんなことぐらい……わかっていますけど、他に何を問いかければ良いんです!?何に、救いを求めたら良いんですかっ!?」
「救いを求めるつもりだったのか?このわたしに?御前の恋悪魔を殺した、このわたしに…?」
「…ルシフェル様…」
「御前が問いかければ…それだけ、御前は脆くなるんだ。わたしは、御前の仇だ。それを肯定する勇気が、御前にはないのか?」
そう問われ、わたしはどう答えて良いのかわからないと言うのが、正直な気持ちだった。
「貴方を…憎むことは出来ません。わかっているはずです。わたしに…そんな勇気はありません…」
言葉を選びながら告げた声に、ルシフェルは大きく息を吐き出していた。
「…御前だけが…心残りなんだ。その弱さが悪いと言う訳じゃない。御前は誰よりも優しくて、自分よりも他人を大切に思う。慈愛の天使としては、申し分はないかも知れない。だが、それはいつか、御前自身を苦しめる。わたしがいなくなったら…誰に頼るつもりだ?誰も助けてくれなかったら、どうするつもりだ…?」
低い声は、明らかにわたしを案じてのモノだった。
「わたしは…もう、御前の傍にはいられないんだぞ」
「ルシフェル様…」
ドキッとして顔を上げれば、そこにはわたしを見つめる深い紺碧があった。何処か切ない色を見せるそれは…あの黒曜石を思い出させた。
わたしを見つめてくれた…わたしを虜にした、あの深い黒曜石の瞳。それが、今のルシフェルにはあった。
どうしてだろう。一度は切り捨てたはずの想いに、どうしてまた縋ってしまうのだろう。
わたしはいつまで…ルシフェルに捕われているのだろう。
「御前には、まだ言ってなかったが…新神殿が出来たら、わたしは天界から出て行くつもりだった。だから…御前と話すのも、これで最後だよ」
「…どうして…」
「堕天使だから、としか、答えようがないな」
「…だったら、わたしだって…」
「御前は違う。御前は…御前の心は、未だ天使のままだ。御前には…白き翼が良く似合うんだ。だから…御前を、連れては行けない」
「ルシフェル様…」
薄く零した微笑みが、エルの最後の微笑みとだぶって見えた。
「本当の堕天使はな、罪悪感に苛まれる事はないんだ。だから、御前は天使のままなんだ。傷付いて、苦しんで…罪の意識に苛まれたまま、生きて来ただろう。けれど、それは御前が天使だからだ。だから、御前はここにいなければいけない。御前に、魔界へ降りる権利はないんだ」
その言葉に、わたしはきつく目を閉じる。
けれどルシフェルは、そのまま言葉を続ける。
「残念ならがわたしは、堕天使であることに罪悪感を覚えたことはなかった。唯一つ、わたしが胸を痛めたことは…御前を、傷つけ、苦しめたこと…だ」
背中から這い上がって来るのは…酷い、喪失感。立っていることが出来ず、そのまま床へと崩れ落ちる。
わたしも…堕天使であるはずなのに。魔に堕ちることが許されない。権利なんて…誰が決めたことなのだろう。
それを決めるべき神は…いないと言うのに。
「わたしは…自分の罪を背負って、魔界へ降りる。熾天使の罪を…後世に残さない為に。だから、この礼拝堂を閉めることにしたんだ。ここに崇められている"悪魔"を、連れて行く」
ルシフェルの口を吐いて出た、魔界へ降りる理由。彼なりに苦しんで出した結論なのだろう。だが、わたしにその全てを受け留められないと感じたのは、多分…エルがそこに関わっていたと言う事実があったから。
ルシフェルはわたしの前に跪くと、その手をそっとわたしの頬に触れた。
「熾天使の御位は、暫く空白になるだろう。だが、何れそこを埋めるのは、ミカエルだ。彼がそれを受けてくれるかどうかはわからないが…今の天界では、多分ミカエル以上の人材はいない。そしてその片腕として、御前はここに残るんだ。だが、ミカエルは純粋過ぎる。多分、ミカエルの心を汚したら、天界の未来はない。だからこそ、わたしは御前にそれを託すんだ。熾天使の罪の全てを知るものとして…」
「……」
それは、重い言葉だった。
ルシフェルは…わたしが堕天使だと知っていたから…わたしを、その役に選んだのだろう。堕天使でありながらそれを隠し、ミカエルの友人として、傍にいたわたしを。
わたしそのものを必要とした訳ではなく…穢れた部分の、受け皿として。
天界に残ることが、わたしに課せられた罪の重さならば…その罪を抱いて、わたしは生きて行くのだ。
この先、ずっと…。罪の意識に苛まれながら。
「わたしは、卑怯者だな」
「……」
割り切れない想いが交差する中、ぽつりとルシフェルの零した声が聞こえた。
「御前に、もう一つ話をしなければな。御前を苦しめる…真実を」
「…わたしを苦しめる…真実…?」
ルシフェルは…まだ、わたしを許してはくれない。この期に及んで、更に何を背負わせようと言うのか。
「彼奴のこと、どれだけ知ってたんだ?」
「どれだけって…たいしたことは知りません。フルネームと…後は、事情聴取で得たことぐらいです」
重い気持ちのまま、そう口を開く。
「そうか。なら…彼奴の名前もきちんとは知らないんだな…」
「…エル=クライドではないんですか…?」
ルシフェルは、何かを知っている。わたしの知らない、エルのことを。
わたしの問いかけに応じたルシフェルは、ゆっくりとその口を開いた。
「ルシフェル=クライド。それが、彼奴の名前だ。それは…わたしの本当の名前でもある」
「…ルシフェル…」
彼の言わんとすることは、明確だった。
さっき話を聞いたはず。自分の半身を、切り捨てたと。清廉潔白な、天使である為に…ルシフェルが切り放した半身。それが、エルだと言うのだろう。
「わたしが殺したのは…もう一人のわたしだ」
そう告白されても、わたしは冷静さを保っていた。自分でも不思議なくらい落ち着いているのは…多分、わたし自身、何処かでそれに気が付いていたからかも知れない。
誰からも、はっきりと言われた訳じゃない。だが、それを察するのに十分な状況は、幾度も感じていたはずだ。
同じ光を称えた瞳。幾度も繰り返したその疑問は、事実を知ってしまえば容易に納得出来る。同じ存在であったからこそ、同じ瞳を持つことが出来たのだと。
わたしがそれに気が付いたのは、正直言えば随分前のことになる。
ルシフェルに、彼の拷問を止めてくれと頼んだあの日。その時のルシフェルの態度は、わたしの予想を大きく反していたのだ。
ルシフェルは、何も咎めなかった。その結果が、今に繋がっている。考えてみれば…わたしの安易な結論が、エルを失う原因だったのかも知れない。
「…わたしの…所為だったんですか…?」
居たたまれなくて…どう仕様もなくて。最終的にルシフェルを追い詰めたのも、もしかしたらわたしなのかも知れない。
「わたしが…エルを殺したんですか…?」
苦しさから逃れたくて、そう問いかけた声に、ルシフェルはすっと目を伏せた。
「違う」
その一言で、ルシフェルは何を告げようとしたのだろう。
「でも…結果はそう言うことになるでしょう?わたしが、エルと出逢わなかったら…エルを好きにならなかったら、死ぬこともなかったはず…貴方を、追い詰めることもなかったはずです…っ」
「わたしは…追い詰められたとは思ってない」
「…ルシフェル…」
不安定なわたしの気持ちを掴み取ったのか、ルシフェルはその紺碧でわたしを真っ直に見つめていた。
「御前が、彼奴と出逢わなくても…いつかはこうなったはずだ。彼奴がわたしの半身である以上。彼奴を切り放したのは、わたしが背負った罪だ。わたしが、ケリを付ける必要があった。わたしが…わたしとして存在する為に。彼奴も、それはわかっていた。だから…何も抵抗しなかったんだ。わたしが剣を握った、あの時に」
不安、と言う感情が、わたしを追い詰めているのは確かなことだった。そしてその不安が、絶望とカタチを変えていることも。
己の感情を留める為に、きつく目を閉じる。暴れる感情を押さえ付けるのは、決して容易なことじゃない。だが、一度それに慣れてしまえば、どうってことはないのだ。
「御前の所為じゃない。だから…忘れるべきだ。わたしのことも…彼奴のことも。それが、御前の為、だ」
諭すような声が、さりげなくわたしの意識を通過して行く。
「…無理、です。わたしには……」
「忘れるんだ、ラファエル」
ルシフェルのその声に、わたしは大きく息を吐き出して目を上げた。そして、ルシフェルの紺碧を見つめる。
一筋、わたしの頬を伝わった涙。それを、指先で拭ったルシフェルは、そのままきつく、わたしを抱き締めていた。
「…貴方は…現実にいるです……忘れられるはずはない…」
そう、ルシフェルはここにいる。今でも、ここにいるではないか。甘い吐息も、柔らかくわたしを抱き締める腕も、直ぐ傍にあるのに。これが現実だと言わんばかりに、わたしを抱き締めているのに。
だが、わたしのそんな想いとは裏腹の答えをルシフェルは返した。
「夢を、見てるんだ。夢から醒めれば、現実が見える。夢なら、忘れることは容易いだろう」
「…ルシフェル…」
何かの術をかけられたのか…次第にわたしの意識は遠くなっていく。
微睡む意識の片隅で聞いたのは、誰の声、だっただろう。
降り始めた薄闇の中、ルシフェルが施した術に落ちたラファエルは、その瞳を開く気配すらない。そんなラファエルの顔を見つめながら、ルシフェルは小さな吐息を吐き出していた。
その瞳に映るのは、僅かな後悔。全ての元凶が自分であるとわかっているからこそ、ラファエルを傷付けたことが後悔として残っていたのだ。
そっと、その閉じた目蓋に唇を寄せる。
「…御前は…夢を、見ていたんだ。長い夢を…」
その言葉の後に零れたのは、封印の呪文。そして自分には一度も許されなかったその唇に深く口付け、術を結んだ。そして、ラファエルの身体を礼拝堂の椅子の上に横たえる。
「…元気で」
その言葉を最後に、ルシフェルは踵を返した。
誰にも知られぬまま、天界を去る為に。
だが、廊下への扉を開けた途端、そこに立つ姿に歩みを留めた。
「…ミカエル…」
暫く逢っていなかったミカエルは、最後に見た時と同じように、怒りの感情を浮かべた眼差しでルシフェルを見つめていた。
「…ラファエルの記憶は封じた。あの悪魔の記憶と、わたしの記憶を。だから、目が覚めた時は、何も覚えていないはずだ。余程のことがない限り、そう簡単に封印は解けない。ラファエルのことは…御前に任せる」
そう言いつつ、ルシフェルは歩みを進めた。そして立ち尽くすミカエルとすれ違った直後、今まで口を噤んでいたミカエルが声を発した。
「逃げるんですか?」
以前にも問いかけた言葉に、ルシフェルは小さく一笑する。
「…そうだ」
「なら、どうしてラファエルを連れて行かないんです?」
「ミカエル…」
思いがけない言葉に、ルシフェルは歩みを留め、ミカエルを振り返った。ミカエルはルシフェルに背を向けたまま、言葉を続けた。
「自分だけが罪を受けたように見せて、実際は逃げ出すんじゃないですか。ここに残ることで、ラファエルはまた傷を増やすことをわかっているはずなのに。ラファエルを愛していたのなら、共にしようとは思わないんですか?」
ルシフェルは、一つ、息を吐き出す。背を向けるミカエルには見えないが、その紺碧には確かに迷いの色があった。
ラファエルを連れて行けたら。それが出来たら、どれだけ良かっただろう。だが、現実そう簡単には行かないと、ルシフェルは最初からわかっていたのだから。
「…御前は、わたしに言ったな。わたしの想いは、ラファエルを傷付けてどん底に突き落とすと。多分、その通りだ。わたしにラファエルは護れない。だから、御前に託すんだ。ここには、ラファエルを案じる御前がいる。何処よりも安全だ。そうわかっていながら、無茶をする必要はないだろう?愛していたから…置いて行くんだ」
「…そんなの…貴方の身勝手です」
「そうかも知れない。だが、そうしなければならない時もあることを、学習したらどうだ?」
「……」
「この天界は…何れ、御前の手に委ねられる。御前には、その実力がある。だから、その片腕として、ラファエルを残す。御前になら、護れるだろう…?」
再び、ルシフェルは踵を返した。その足音を引き留めるかのように、ミカエルは声を上げる。
「…貴方を、許さない!わたしが生きている限り…この天界に、わたしがいる限り。それでも良いのですね?」
一瞬、ルシフェルの足が止まる。だが、小さな笑いと共に、その足は歩み始めた。
「それで十分だ。熾天使は、御前に譲ってやる。だから…わたしを乗り越えてみせろ。そうでなければ、御前は生き残れない」
そう言い残し、ルシフェルは神殿を後にした。ミカエルは一度も振り返ることなく、頬に伝った涙を拭っていた。
ふと目を覚ますと、薄闇の中にぼんやりと立っているミカエルの姿があった。
「…ミカ?」
呼びかけた声に、ミカエルは小さく笑って、わたしの傍に来る。その瞳が、僅かに濡れていて。
「…泣いて…いるんですか…?」
訳がわからず、問いかけた声に、ミカエルはわたしをそっと抱き締めた。
「…帰ろう、ラファエル」
「…えぇ……?」
そう返したものの、それ以上問い質すことは出来ない。頭の中が、霧がかかったみたいに、何だかぼんやりしていた。
そしてもう一つ。何か、大切なモノがぽっかり抜け落ちているように感じた。
だが、それが何なのか、良くわからない。それを問い質すことも億劫に思えて…
わたしは、それ以上、ミカエルには何も問わなかった。
それから、どれくらいの月日が流れただろう。幾度、季節が巡ったのかも良く覚えてはいなかった。
久し振りに戦地に出たわたしは、偶然にその敵軍の参謀と行き合った。
漆黒の髪。まるで黒曜石のような、深い紺碧の瞳。
その瞳に出逢った瞬間、わたしの中で、何かが壊れるのを感じた。
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プロフィール
HN:
如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
性別:
非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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