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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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月華抄

第四部"for EXTRA" (略して第四部"E")

こちらは、本日UPの新作です。
第四部は徐々にオリキャラメインとなりますので、御注意ください。
興味のある方のみ、どうぞ。(^^;

拍手[4回]


◇◆◇

 君に、届け。

◇◆◇

 頭の中が、霞がかかったようにぼんやりとしている。
 ここが何処なのか、自分が今何をしているのか、全くわからない。
 そして、何より…
「…私は……誰…?」
 自分自身も、わからない。
 混濁する意識。そして、再び闇に落ちる。

「……大丈夫?」
 その声に、はっとして目を開ける。そこには、自分を覗き込む眼差し。
 慌てて身体を動かそうとするものの、直ぐにその行動を察した相手に押さえ込まれる。
「今動いちゃ駄目!じっとして」
 性別ははっきりわからない。ただ、まだ子供。けれど相手は小さい身体の割に、その力は、思った以上に強い。と言うよりも…自分の身体がまず言うことを利かない。
 大きく息を吐き出す。額が重い。
「熱があるの。それに、腕もまだ…」
「…腕……」
 そう言われ、その視線が自然と自分の右腕へと注がれる。
 横たわった身体の上にかけられている薄掛け。その下にあるはずの右腕は…存在を示すような膨らみは、なかった。
「…私の……腕…」
「…御免なさい。わたしは、手当てを頼まれただけで…貴女の右腕が何処にあるのか、わからなくて…」
 申し訳なさそうにそう告げた声に、小さな溜め息が零れた。
 記憶を、辿る。その記憶は…直ぐに見つかった。
 剣を向けたその腕は、ゴミを払うかのようにあっさりと切り落とされた。
 その後、どうしてここにいるのか…ここが何処なのか、それはわからない。ただ、保護されている、と言ことはわかった。
 あの腕は…どうなったのだろう…?
 必ず、取り戻しに行くから。そう言って託された、大事なブレスレッドは…切り落とされた腕についていた。その腕がない以上…彼は、自分を追っては来ない。その必要性は、何処にもないのだ。
 多分、もう二度と……会うことも、ない。
「…泣かないで…」
 そう言われ、眦に触れられた指先。
 泣いているつもりなどなかった。けれど…予想以上に、精神的なダメージを負っているのだろうか。
「…大丈夫……腕のことは、もう…良いから…」
 小さくつぶやいた声。
 今は…過去を、振り返る必要はない。振り返ったところで…何も、戻っては来ないのだから。
「もう…良いから」
 全て…捨ててしまおう。
 諦めに満ちた言葉。
 そっと、目を閉じる。
 希望など…何処にもない。自分がこの先、どうなるのかも全く想像がつかない。
 けれど…残された左手に、そっと触れられた温もり。
「…諦めないで…きっと、良い巡り合わせがあるから」
 握った手に、力が籠る。
 その力も、温もりも、生きている証。
「…ありがとう…」
 その想いだけで、十分だった。


 部屋を出た子供は、そこで待っていたその姿の前で足を止める。
「彼女は?」
 問いかけられ、少し振り返って今出て来たドアへと視線を向ける。
「あのヒトの腕は…治りますか…?」
 そう言いながら潜められた眉。その表情は、如何にも気の毒に…と言いたげで。
「腕は残っていないからな。治しようがない」
 そう返すと、小さな溜め息が返って来た。
「治してくれと、泣き付かれたか?」
 まるで嘲笑うかのように歪められた口元。けれど子供は小さく首を横に振っただけで、相手に対して不快な表情など見せることもなかった。
「もう、良いから、と…何かを、諦めてしまったみたいで……」
「まぁ…諦めるより他はないからな。戦士が利き腕を取られたら、生きている意味がない」
「助からないのですか…?」
 縋りつくような、金色の眼差し。
「…方法が、ない訳じゃない。ただ、リハビリに時間がかかる。わたしは付きっ切りで面倒を見るつもりはないぞ」
「わたしが、面倒をみます。ですから、方法があるのなら…助けてあげてください」
 必死な声。思わず…一笑する。
「どうしてそこまで、一生懸命になる?御前にしてみれば、所詮他人事だろう?わたしはただ、傷の手当を頼んだだけだ。その先の面倒までみる必要はないんだぞ?」
 その言葉には、流石に少しムッとしたような表情を見せる。
「他人事だとしても、放っては置けません。第一、貴方が連れて来たのでしょう?責任を取ろうとは思わないのですか?」
「責任?そんなもの、取るつもりはないな。こうして生命を助けてやった上に、その気があるのなら腕を何とかしてやっても良いと言っているんだ。それで十分だろう?何なら、腕を治さずそのままにしていても良いんだ。わたしは、医者じゃない。怪我を治せる訳じゃないからな」
 途端に、子供は眉を顰める。
「…医者でないのなら…どうやって、腕を治すの…?」
 その言葉に、ほんの少しだけ口を噤む。
 手の内の全てを曝け出したとして…そこに何があるか。その、先の見えない未来を…どうして選んだのか。それは、自分自身にもわからない。ただ今は、自分の身の安全を第一に。その為に、この地へ来た。彼女は…その副産物に過ぎない。
 ただ、彼女の能力は、利用する価値がまだ十分にある。
 腕さえあれば。
「……わたしの昔の部下が、とある研究室にいてな。その伝で、"クローンモンスター"を作る術は知っている。流石に、意識を持ったモンスター一体を作り上げるには随分時間はかかるが…腕の一本ぐらいなら、そう時間はかからない。それを利用すれば良い」
 にやりと笑う。その様子を怪訝に思いつつ…状況のわからない子供は、その手段に頼るしかない。
「良く…わからないけれど…御願いします。あのヒトを…助けて下さい」
 そう言って頭を下げる。
「"慈愛の天使"…か」
 つぶやきを零したその顔は…まるで、その誠意を嘲笑っているかのようで。けれど、その嘲りに縋るしか助ける方法がないのなら。
 子供の姿を暫し眺める。
 金色の眼差しに、金色の髪。見紛うこともない、小さな天使。
 偶然出逢っただけの子供だが…この先きっと、役に立つ。
「準備を始める。これから言うものを、用意して待っていろ」
 そう言って、幾つかの備品をあげる。子供はその一つ一つを必死に繰り返して覚える。
 全ては…ただの、見知らぬ相手を助ける為に。

◇◆◇

 それから数日後。天使の子供は、その時を待っていた。
 三十分ほど前。先日言われた備品を全て揃え、待ち構えていた相手へと託す。
「…御願いします。あのヒトを…助けて、下さい」
 再び、その言葉を口にする。
「腕はあるに越したことはない。片腕のままでは、簡単に識別されるからな」
「…識別…?」
 眉を寄せる姿に、嘲笑うような嫌な笑いを零し、背を向けて片腕の彼女がいる部屋へと入っていく。
 その背中を見送り…そして今現在。未だ、その扉は開かれない。
 子供はただ、黙って扉を見つめるしかなかった。
 だが、それからほんの十分ほど。突然、扉が開かれる。
 出て来たのは、あの男が一名。その手には、子供が持って来たシャーレ。その中身は得体の知れない肉片のようなものが少し入っているのが見えた。
「次は、一週間後ぐらいだな。それまでに上手く培養出来なければもう一度やり直しだ。御前は、彼女の世話でもしているんだな」
 そう言い残し、直ぐに踵を返して何処かへ行ってしまった。
 溜息でその背中を見送った子供は、再び扉へと視線を向けると、意を決してそっとその扉を開く。
 そこには、少し前までと同じように、ベッドに横たわる片腕の彼女。見た目は、何も変わった様子はない。
「…あの…大丈夫…?」
 目を閉じたその姿にそっと声をかけると、ゆっくりとその瞼が開く。
「…どうして…あの男がいるの…?あの男は…私に、何をしたの…?」
 掠れる声で問いかけられ、当然子供も困惑する。
 何をされたかも良くわからない状態。あの男が持って出たのは、少しの肉片。恐らく、まだ癒えていない傷口から採取した、と言うのが正しいのだろうが…その場にいなかった子供には、何の為なのかも良くわからず、説明のしようがない。けれど…一つだけ、わかること。
「…あのヒトは…貴女を抱えて来たの。腕を失った貴女を助けてくれたんだと思った。だからあのヒトに…貴女の"腕"を、治して欲しいと、御願いしたの。次は一週間後と言っていた。それまでに上手く培養出来なければやり直しだと言っていたから…きっと、貴女の"腕"を治す準備をしているのだと思う…」
 ゆっくりと、その視線が動く。そして、子供へと向いた。
 色薄の、碧色の眼差し。真っ直ぐなその眼差しの前に…子供は、思わず口を噤んだ。
 触れては…いけなかっただろうか。
 ふと脳裏に過った、そんな思い。
「……御免なさい…勝手なことをして……」
 つぶやいた声。
 腕があることが当たり前。だから、腕を失ったことが哀しいのだと思っていた。けれど…きっと、そうではない。それが、今になってわかった気がした。
 失った"腕そのもの"に…思い入れが、あったのだろう、と。だから、失ったことが哀しかったのだろう、と。
 そんな後悔の表情を見せた子供に、片腕の彼女は小さく吐息を吐き出した。
「…大丈夫。もう…良いから……」
 哀しそうな声。そう感じたのは…きっと、間違いではない。
「…失った腕は…もう、戻らないから。新しい腕が出来たとしても…それは、私の腕ではないから。だから…もう、良いの…」
「………」
 閉じられた眼差し。まるで生気を感じない。それほど…生きることへの執着を感じないのだ。
「…名前…聞いても良いですか…?」
 問いかけた声に、暫しの沈黙。そして、ゆっくりと目を開けた。
「…昔の名前は…もう、いらない。好きに呼んで」
 そう言われ…息を飲む。
 腕と共に、名を捨てる。まさに、世捨て人。それはまるで…生きることを、拒むようで。
「…なら、名前は…リシア。わたしの…亡くなった母の名前」
「…御母様は…亡くなったの?」
「はい。わたしがもっと小さかった頃に。亡くなったヒトの名前は嫌かも知れないけれど…でも、貴女には…生きていて欲しいから。だから……」
「良いわ」
 子供の声を遮るかのように、そう答えた声。
「…良いの…?」
 思わず問い返すと、その眼差しが子供へと向けられた。
「あなたの名前は?」
 反対に問いかけられ、子供は一つ息を吐く。
「…ケイト…」
「良い名前ね。御父様は?」
「いない。父も、戦地で亡くなったの。魔界軍との戦いで」
「…そう…」
 ふと、眼差しが変わった気がした。けれど直ぐに眼差しを伏せた、片腕の彼女…"リシア"は、ゆっくりとその上体を起こす。その姿に、子供…ケイトは慌てて手を差し伸べた。
「無理しない方が…」
「…大丈夫。少し…動きたいの」
 背中にクッションを差し入れ身体を支える。そうして体勢を整えると、リシアは口を開く。
「…魔界軍が…憎い?」
 問いかけられた言葉に、ケイトは、少しだけ思いを巡らせる。そして、首を横に振った。
「魔界軍は、憎くはない。父は運がなかったのだと思う。母もそう。運命に…負けた。でもわたしは…自分に、負けたくはない。あの男のヒトに会ったのは偶然。さっきも言った通り、貴女を抱えて、道の向こうから歩いて来た。そこで偶然、出逢っただけ。貴女の世話係として身寄りのないわたしを拾ってくれて、ここに一緒に住まわせてくれた。わたしには、幸運だった。だから、貴女を助けたいの。過去を、なかったことにしても…繋げる生命があるのなら…生きていて欲しい」
 真っ直ぐに向けられた、ケイトの眼差し。金色の、綺麗な色。それはまさに…眩しいばかりの、天使そのもの。
 敵として認識していた相手に助けられるなど。けれど…もしも、もう一度……
「…生きていれば…良いことがあるかしら…?」
 つぶやいた声に、ケイトはにっこりと微笑む。
「きっと、ある。だから…一緒に…」
 無垢なその笑顔の前、小さく溜息を吐き出したリシアは、ほんの少しだけ、微笑んで見せた。
 先のことは、わからない。けれど…もう戻れないのならば、もう少しだけ、情に流される運命に従ってみよう。
 先の見えない、諦めてしまった未来。けれど…歩き出す道は、まだ足元にあった。

◇◆◇

 一週間後。再び、片腕の彼女…リシアの元を訪れた相手。
 布に包んだ"それ"を手に、不安そうな眼差しを向けられた。
「…治りますか…?」
「…さぁ、な」
 多くは語らない。不安そうに背中を見送るケイトの眼差しを断ち切るように扉を閉め、ベッドで上体を起こした姿で迎えるリシアの姿に、ニヤリと笑いを零す。そして、布を外して"それ"を、リシアに見せた。
「腕の培養には成功した。これを付けるかどうかは、御前次第だが…どうする?」
「………」
 リシアの目の前にあるのは、見覚えのある"右腕"。けれどそれは…自分の腕ではない。あくまでも紛い物。
「これを付けてくれと言うのなら、付けてやる。ただし、自由に動かせるようになるには、リハビリが必要だがな。元々御前の細胞から培養した"腕"だからな。自家移植になるから拒絶反応もないとは言い切れないが、ほぼほぼ問題ない範囲だ」
 そう言って、リシアを真っ直ぐに見つめた眼差し。濃茶色のその眼差しは、嫌な胸騒ぎを感じさせる。
 けれど…それ以上に今は…過去の想いが、胸を過る。
「どうして…私を、ここへ連れて来たの…?何の為に、私の腕を治そうと…?自分で…切り捨てた癖に…」
 ゆっくりと紡ぐ言葉。極力、感情を出さないように。そんな姿に、相手は目を伏せる。
「御前には、まだ仕事がある。だが片腕がなければ、それだけで安易に識別される。御前の腕を切り落としたのは、彼奴らへの見せしめだ。まさか、切り落とされたはずの腕が、再生されるとは思うまい。だから、わたしはこの話に乗ったんだ。御前の腕を元に戻す手筈は整った。後は、御前の覚悟一つだ」
「…どうして、そこまで…魔界を手に入れたいの…?魔界のあの上層部を相手に、どう考えたって適うはずがない。それなのに、どうしてここまでして…」
「御前は、何も知らなくて良い」
 いつも、そう言って話を切る。それがどうしてなのかなど、考えたことはなかった。
 いつでも傲慢で、残虐で…そこにいる誰かのことなど、何も考えもしない。無謀なことを考え、繰り返し…そして、いつも、独りでいる。
 それが、当たり前であるかのように。
「…馬鹿みたい…」
 思わず、零した言葉。
 年は幾つなのか。生まれは何処なのか。家族は。趣味は、好きな食べ物は。得意なものは。どうでも良いようなことだが…この男のことは…殆ど何も知らないと言っても過言ではなかった。辛うじて知っていることは…職務を辞めるまでの部署と、見た目でわかる種族。後は王家の遠い血筋だと言うことを噂に聞いていた。それだけ。名前すら…幾つもあって、本当の名前がどれなのかも正直良くわからない。
 そんな、何も知らない相手。けれど…どう言う訳か、生まれ育った地を離れ、今こうして一緒にいる。そしてこの先も…多分。
「…深く、考える必要などない。御前はただの…捨て駒、だ。いつ切り捨てられても不思議はない」
 色々と考え始めたリシアに、そう言葉を返す。
 彼女を連れて来たのは…ただ、"向こう"の思い通りにしたくなかったから。またいつか、彼女の能力が役に立つのではないかと踏んだから。ただ、それだけ。
 言葉の向こうに、そんな思惑を感じ取ったリシアは、溜息を一つ。
「…あの子が…ケイト、と言ったわ。そのケイトが、私に名前をくれたの」
「…名前?」
 ふと、男の視線が再びリシアへと向いた。
「そう。"リシア"と言うの。ケイトの…亡くなった母親の名前だそうよ。こんなカタチで魔界から離れた以上…戻ることは出来ない。昔の名前はいらないと言ったら…"リシア"の名をくれたの。図らずも…貴方が得意な"アナグラム"だったけれど」
「リシア、か。成程な」
 何かを考えているような表情。けれど、それ以上の何もない。
 リシアは、大きく息を吐き出す。そして再び…口を開いた。
「…腕を…元に戻して。そして、リハビリが終わったら……私の記憶を、消して」
「…記憶を消せと望む理由は?」
 問いかけられ、その目を伏せる。
「魔界へ戻れないのなら…過去もいらない。どうせ、腕を戻した後貴方の駒になるのなら…記憶はない方が良い。昔の名前もいらない。ただ、能力の使い方を忘れてしまうと困るから…腕が動くようになってから。それで……御願いします」
「未練はない、と?あの総参謀長にも?」
 ニヤリと笑う。けれど、リシアは視線を伏せたまま。
「どうせ…敵にしか、なれないのだから。あのヒトだって…もう…」
 不思議と…笑いが込み上げて来て、小さな笑みを零した。
 もう、二度と出会うことはない。二度と、触れ合うこともない。元々、執着していたのは自分だけ。あのヒトには…誰よりも愛している相手がいる。だから、最後に会ったあの夜のことは…きっと、幻。だから…忘れても良いのだ。
 口を噤んだリシアに、男は徐にその右腕に巻かれていた包帯を解き始める。
「まぁ、御前の都合はどうでも良い。わたしは御前が使えるようになれば良いだけのこと」
「………」
 特別な感情など、そこにはない。けれど寧ろ…それで良いのかも知れなかった。
 ただ、今を…これからを、生きていく為だけに。
 黙って、男の作業を見つめていると、包帯の解かれた剥き出しの腕が目に入る。
 初めて…はっきりと、自分の目で確認した。
 思っていたよりも…綺麗な傷口。すっぱりと切られたからこそ、無駄に綺麗、と言う形容。だが…だからこそ、模造の腕を付けるには都合が良かった。
 まるで…腕を付け直すことを見越していたかのように。
 模造の腕を取り出すと、その傷口にと添える。
「新しい腕の細胞を取り込む感覚でいれば良い。御前の持っている能力だ。簡単だろう?」
「…こんなところで役立つとは思わなかったけれど」
 言葉と共に息を吐き出し、目を閉じる。そして、呪を唱え、幾度も繰り返したように、その腕の細胞を取り込む。元々自分の腕から取った細胞なのだから、何の問題もないはず。
 だがいつもと違うのは、自分の身体の一部を自分に取り込む、と言うこと。その奇妙な感覚に…僅かに、背筋がゾクッとした。
 生まれ変わる。多分…それが、一番近い感覚。
 目を開けると、今までなかった腕が、そこにあった。
「まだ直ぐには動かないだろうが、少しずつ同化していくはずだ。拒絶反応さえなければ、徐々に動くようになって来るはずだ。まぁ…無理はしない方が良いがな」
 そう言うと、再び包帯を巻く。そして何やら小さく呪を唱え、リシアの腕に触れた。
 腕を奪った男から、再び"生命"を、与えられた。生命を宿した…模造の腕。近いうちに、再び自分の腕となる。
 それは…ある意味、最大の裏切り。完全に反旗を翻したという証。
「感覚が戻って来たら、リハビリを始めて構わない。きちんと動くようになったら…約束通り、記憶を消してやろう」
 そう言い残し、男は部屋を出て行った。
 その背中を見送ると、大きな溜息を一つ吐き出す。
 もう、未練はないと…幻だと、忘れる覚悟をしたとしても……いつか、もう一度出会えることを…心の奥底に。
 男が、"リシア"の名をそのままにしていてくれたら。いつかきっと…気づいてくれるだろうか。
 生きている、と言うことを。
 せめて、それくらいは許されるだろうか。
 はらりと零れた涙を、左手で拭う。
 遠い、遠い想い。いつか……届くことを、信じて。
「……御免なさい……ルーク参謀…」
 以前なら…裏切りの一つや二つで心が痛むことなどなかったはず。それなのに…いつから、こんなに心が弱くなったのか。
 全ては…愛しい悪魔に、出会ったから。
 いつも真っ直ぐで、曲がったことが嫌い。誰かを疑わなければならないのなら…自分が傷つく方が良い。
 そんな悪魔に出会ったから…誰よりも、いとおしいと想ったから…。それが叶わぬ願いでも、胸に抱き続けるしかなかった。
 自分が、裏切り者になったとしても。
「…今でもずっと……貴殿が、好きです…」
 誰にも届かない言葉。
 全て、忘れてしまっても。何処かで、その想いだけは…忘れたくはないと。
 その想いが…せめてもの、足掻きだった。

◇◆◇

 幾度、季節が回っただろう。それは良くわからなかったが…一緒に暮らしていたはずの小さな子供は、いつの間にかいなくなっていた。聞いた話によると、どうやら士官学校に入った、とのこと。
 彼女もまた、言われた通りに仕事に"復帰"した。
 そして、一つの任務を受けた。

 彼女は、その森の前に立っていた。
 この森に火を付けろ。それが、彼女に与えらえた任務だった。
 こんなことをして…何になるのだろう…?
 ふと過った思い。けれど、頭を振り、そのつまらない思いを打ち消す。
 そして…火を、点けた。
 あの男に、言われるが儘に。
 火が回りきらないうちに、足早にその場を後にする。すると、その視線の先に立つ男が見えた。
 濃茶色の髪。同色の瞳。そして髭。印象に残るようで、イマイチ残らない。それが、男の印象。
「…御苦労。では…暫く、ここを離れようか」
 ニヤリと笑い、差し伸べられた手。躊躇うこともなく、その手を取る。
 冷たい手。実のところ、好きな感触ではない。けれど…記憶をなくした自分を救ってくれた相手を、無碍には出来なかった。
 先の未来は…何もわからない。ただ…この男の言う通りにしていれば、生きてはいける。
 ただ、それだけ。
 けれど…それで良い。生きていられれば…それで。


 生きていること。せめて、それだけは伝えられるように…"リシア"名を残す。
 きっと…届いているだろう。
 想う…あの悪魔に。

 君に、届け。
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プロフィール
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如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
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非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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