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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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幻月 1
こちらは、本日UPの番外編です
 ※番外編のメインは天界側です。本編の遠い伏線と言う感じです(苦笑)
4話完結 act.1

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◇◆◇

 夢なら、醒めてくれ。
 幾度も、そう願った。
 けれど…それは、醒めない悪夢、だと思っていた。
 あの悪魔に、出会うまでは。

◇◆◇

 一番最初の記憶は、あの人の笑顔、だった。

「ルカ」
 そう声をかけられ、抱き上げられた。
 暖かくて、大きな手。そして、柔らかな笑顔。
 俺は、この笑顔にずっと護られているのだと思っていた。
 その真意さえ、知らずに。

◇◆◇

 目の前に広がるのは、ただただ、広い草原。そしてその中にぽつんと立つ家。それは距離を置いて二つ。
 一つは大きな別荘。もう一つは、小さな一軒家。
 周りにあるのは、広い草原。そして、小さな森と小さな湖。別荘の裏手に大きな森。
 それだけ、だ。
 生まれてから今まで、特定の人物とそれ以外のモノは見たことがない。
 でも…それが不服だと思ったことは一度もなかった。
 それが、当たり前だと思っていた。
 でも…それは、普通じゃなかった。それに気がついたのは…彼女に、出逢ったから。

「ルカ。またここにいたの?」
「…何処にいようと、俺の勝手でしょ?」
 湖の畔に座って、ぼんやりと水面を眺めていた俺の耳に届いた声に、小さな溜め息と共に言葉を返す。
「勝手じゃないわ。折角貴方に会いに来たのに、見つけられなかったら意味ないじゃない」
 そう言いながら、俺の隣へと腰を下ろす。
「姉様も、人が悪いわ。貴方のこと、ちっとも教えてくれないんだもの」
 腕を絡ませ、擦り寄って来る彼女。片手の指先で、俺の首から下がっているペンダントに触れた。
 小さな蒼い石の付いたペンダント。それは、俺が生まれた時からつけている御守。
「姉様は趣味も悪いのね。こんな地味な石のペンダントがルカの御守りだなんて。もっと綺麗な石の方が、ルカには似合うのに」
「…母様を…悪く言わないで。それに俺は、この石気に入ってるし」
 絡んだ腕を解き、立ち上がる。すると彼女も慌てて立ち上がり、俺の背中に抱きつく。
「御免ね、ルカ。意地悪するつもりはないのよ。私はもっと早く貴方に会いたかっただけ。貴方だって、私を好きだって言ってくれたでしょ?」
「…それとこれとは、話が違うよ。確かにラヴェイユのことは好きだけど…母様の悪口は聞きたくない」
 溜め息を一つ吐き出し、そう言葉を返す。そして、自分の胸の前で組まれた彼女の手の上に自分の手を重ねた。
 母様の優しい手とは違う。彼女の…ラヴェイユの手は、もっとしっかりしてる。
 ラヴェイユは、母様の妹で…自分は戦士なのだと言った。だから、母様のように華奢な手ではないのだと。
 それでも、暖かい手。その温もりに…胸が高まる。
「…愛しているわ、ルカ」
 背中で聞こえる声。それは、胸を焦がす。年頃の俺に、その誘惑は抗えるはずもなく…。
 つい…小さな溜め息が一つ。
 こればっかりは…どう仕様もない…。

 湖の水は、まだ冷たかった。
 それでも俺は、湖の中に飛び込んでいた。
「…寒くない?」
 毎度毎度の光景だけれど…ラヴェイユは、興味深く、俺の水浴びを眺めている。
「…大丈夫」
 暫しの水浴びの後、俺は水から上がる。
「はい、どうぞ」
「…どうも」
 ラヴェイユの差し出したタオルで髪から滴る雫を拭う。
「…いつ見ても、色っぽいわね」
 くすくすと笑う姿。つい先ほどまで共に感じていた熱は、もう醒めているような眼差しだった。
「どうしていつも、水浴びするの?」
 ふと、問いかけられた。
「…別に、深い意味はないよ。暑いから…」
 そう、答える。けれど本当は…無知だった自分の行いを…その情事の痕跡を、洗い流そうとしていた。
 そうしなければ…何かが、壊れてしまうような気がして。
「…相変わらず、醒めてるわね。でも、そんなところが貴方の魅力だけど」
 その言葉に、俺は思わず小さく笑いを零す。それは…自嘲の笑い。
 いつの頃からか…俺は、心から笑うことが出来なくなっていた。いや、いつだなんて…わかっていたはずだ。
 初めて、ラヴェイユと関係を持ったあの日から。そこから、何かが狂い始めた。
 ラヴェイユは…自分がしていることを、罪だとは思っていないんだろう。どう言うつもりで、俺を誘ったのか…それは、未だに理解出来ない。
 俺は…天界の禁忌(タブー)など知らなかった。誰も、教えてはくれなかったから。
 だからこそ…誘われるままに、関係を結んでしまったのかも知れない。
 でも…逢瀬を重ねるごとに、奇妙だと思い始めた。
 母様には、知られてはいけない。それが意味するところは…まぁ、察するのは簡単。
 その関係は、タブーだった、と言うこと。
 叔母と甥の関係を通り越した俺たちは…罪人であるはずなのに…ラヴェイユは、悪びれる様子もない。それだけが、変な感覚だった。
 俺が濡れた身体を拭いて服を着終わると、ラヴェイユはその口元に笑みを称えたまま…その言葉を口にした。
「ねぇ、ルカ…一緒に、王都へ行かない?」
「…王都へ…?」
 思わず問い返した声に、ラヴェイユは真剣な表情で答える。
「そう。だって、勿体無いじゃない?貴方の剣術はミカエル様とラファエル様直伝よ?学習面に関してだって、士官学校に入らなくたって良いくらい優秀なのよ?なのに、ずっとこのままこんな何もない所に姉様と二人きりで暮らしていくつもりなの?貴方の人生よ?無駄にしちゃ駄目よ」
「…そう言われても…」
 急にそう言われても…俺にはどうすることも出来ない訳で…。
 確かに、勉強も剣術も、ミカエルとラファエルに教えて貰っている。ここにいる限り…それが何の役にも立たないことも知っている。
 でも…もっと小さかった頃から…王都のことは、一度も話題に上ったことはなかった。だから…俺には、縁のない場所なのだと思っていた。
「私が、ガブリエル様に話をつけてあげる。貴方を、軍に入れてくれるように。どうせ、ミカエル様とラファエル様は、貴方を軍に入れるつもりがないんだから」
 乗り気ではない俺の姿に、ラヴェイユはそう言葉を放つ。
 そんなに乗り気になられても…と、困ったように眉を寄せた時…。
「…ルカ?そこにいるのですか…?」
 不意に、森の中から声がして、現れた姿が一つ。
「……レイ…」
 そこにいたのは…ラファエルの側近の男、レイ。俺が物心付く前からラファエルと一緒に来ていて、良く勉強を教えて貰っていた。
「…今日は、来る日じゃなかったよね…?」
 ドキッとして思わずそう言った俺に、レイは小さな溜め息を一つ。
「…ミカエル様の遣いで、ラファエル様と共に急遽来たのですが…まさか、こんなことになっているとは…」
 それは…俺と、ラヴェイユの姿を見て、状況を察したんだろう…。
 ラヴェイユの方は…レイが気に入らないのか、物凄い眼差しをレイに向けている。
「…シーリアに…何と言うつもりですか?貴女は、自分の立場がわかっているんですか…?」
 レイは、決して声を荒立てない。けれど、その口調は明らかにラヴェイユを咎めていた。
 するとラヴェイユは頬を膨らませ、口を尖らせる。
「貴方に言われたくないわ。貴方とラファエル様のこと、私が知らないと思っているの?」
 けれど、レイの表情は変わらない。
「…わたしは、ラファエル様の側近であり執事です。それ以上でも以下でもありません。ですが貴女のことは、ガブリエル様に御報告せねば。部下の不祥事は…主の不祥事、ですよ」
「……」
 レイの言葉に、ラヴェイユは眼差しはそのまま、口を噤む。
「…全てを見た訳ではないですから…今日のところはこれ以上何も言いません。けれど…わかってらっしゃいますね?もう二度と、ルカには近寄らないことです。貴方も…良いですね?ルカ」
「…レイ…」
 有無を言わせないその表情に、俺も何も言えなかった。
「…ラファエル様が御待ちです。行きましょう」
 俺はレイに腕を掴まれ、そのまま引き摺られるように連れて行かれる。
 思わず振り返った視線の先に…真っ直ぐに、俺を見つめているラヴェイユがいた。
「…これ以上…彼女に関わってはいけません」
「…レイ…」
 真っ直ぐに前を見つめるレイの表情は、いつもと余り変わらない。けれど…きゅっと結ばれたその口元に、怒りを感じているのは間違いなかった。
「…御免なさい…」
 思わずつぶやいた声に、レイはふと足を止めた。そして、その視線が俺の顔を見つめる。
 綺麗な、ブルーの眼差し。
「…貴方は、何に対して謝っているんです?わたしに謝ることではないでしょう?」
「それは……」
「わたしはただ、貴方とラヴェイユが一緒にいるのを咎めただけです。彼女には、貴方のことは誰も何も言わなかったはず。その彼女が、どうして貴方と一緒にいるのかはわかりませんが、何らかの罪を犯さなければ貴方のことは知らないはずですから。それ以上のことは…目撃した訳ではありませんから、今はわたしから言うことは何もありません。ただ…二度目はありません。良いですね?」
「…はい…」
 そう。レイは…ミカエルやラファエルとは違って、昔から真っ直ぐでとても厳しかった。時には主であるはずのラファエルさえ、窘められるくらいに。
 ラファエルは強いけれど、母様みたいに柔らかい物腰で、とても優しい。
 ミカエルも強くて優しかったけれど…ラファエルとは違う。強いて言うなら…多分、父親のような感じなんだろう。尤も、俺には父親はいないからわからないけど。
 どちらが天界人らしいかと言えば、多分…レイの方が、真っ当な天界人なんだろう。そして、側近として優秀なんだろうと思う。
「…さ、シーリアとラファエル様が御待ちです。帰りましょう」
 気まずい俺の表情に、レイは少し、表情を和らげた。
「…うん…」
 俺は、レイと一緒に歩き出した。

◇◆◇

 家へと戻って来た俺たちを出迎えたのは、母様とラファエル。
「御帰りなさい……また、水浴びして来たの?」
 しっとりと濡れたままの俺の髪を見て、母様はそう問いかける。腰まで伸びた髪は…そう簡単には乾かないんだから、仕方ない…。
「…うん。ちょっと暑かったから…シャワー浴びて来る」
 俺を見つめる眼差しから逃れるように、俺は浴室へと向かう。
 その背中を…レイは黙って、見つめていた。

「…暑かった、って…今日はそんなに暑い日でしたっけ?」
 ルカの背中を見送りながら、ラファエルがシーリアに問いかける。
「さぁ…?でも、剣術の練習でもしていたんじゃないかしら?あの髪ももう少し短くすれば、すっきりするのに」
 くすっと笑うシーリア。ルカの行動を、少しも疑ってはいないことは明確で。それ故に…それを見つめるレイは胸が痛かった。
 僅かに、眼差しを伏せたレイ。それに気がついて、レイの表情をじっと見つめるラファエル。
 口は、開かない。けれど…ラファエルは何かを察した。
 だが、シーリアの前でそれは問いかけることではないと感じたのだろう。小さく吐息を吐き出すと、座っていた椅子から立ち上がる。
 そして。
「シーリア。ルカが上がるまで、少し散歩して来ますね」
「そうですか?もう暗くなりますけど…大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。レイがいますから」
 ラファエルは小さく笑うと、戸口へと向かう。その後ろには、いつもの通り、レイが着いている。
 シーリアに見送られて外へ出ると、少しだけ歩いて家から離れる。そして、レイを振り返った。
「そんな顔をしていたら、シーリアが心配しますよ?」
 ラファエルにそう声をかけられ、レイは小さく息を吐き出す。
「…わたしは何も…」
「わたしが、貴方の顔を見て、何とも思わないとでも…?」
「ラファエル様…」
 真っ直ぐ向けられたレイの眼差しに、ラファエルは小さく笑う。
「主のわたしが気が付かなかったら、主失格、ですよ。それとも、わたしには言えないことですか?」
 ヴァイオレッドの眼差しは、真っ直ぐにレイの眼差しを捉えている。そんな状態で、レイが隠し通せるはずもなく。
「…実は…」
 小さな溜め息と共に、吐き出されたレイの言葉。その話を、ラファエルは黙って聞いていた。
 そして、レイが話し終わると、溜め息を一つ。
「…そうですか、ラヴェイユが…。気をつけていたんですけれどね、何処からここが漏れたのやら…。でも、来てしまったことはもう仕方ありません。一応、ミカエルにも伝えては置きます。まぁ、ルカの纏う"気"が変わったのは、そんなこともあったからですかね」
 それは、ミカエルからの伝達。
 この所、ルカの纏う"気"が変わった、とのこと。そして、纏う雰囲気も。ラファエルとレイは、それを確認する為に、わざわざ王都からやって来たのだ。
 近くにいないだけで、少し離れたところには住んでいる人もいたはず。年頃なのだから、もしかしたら誰か好きな人が…と思った矢先の今回の出来事。
「ルカも…いつまでも子供ではない、と言うことですね。この先のことを、もう一度考えた方が良いですね。ミカエルの封印も、一生のものではありません。きっかけがあれば、予期せずその封印は解けてしまう。そうなった時の覚悟は、わたしたちもしていないと駄目ですね」
 小さく、溜め息を吐き出したラファエル。
 幾ら強力な封印とは言え…その脆さは…自身が、何よりもわかっていた。だから…。
「…如何しますか…?」
 様子を伺うように問いかけたレイの言葉に、ラファエルは小さく笑う。
「彼女は、ガブリエル軍の有力戦士でしたね。もしガブリエルの耳に入れば…ラヴェイユは多かれ少なかれ、何らかの処罰はあるでしょうね。彼女はわたしと違って、正真正銘の真っ直ぐな天界人ですから。いつか…その報いはあると思います。わたしたちが、手を下すことではありませんよ」
「…ラファエル様…」
 その柔らかな表情とは結び付かない言葉に、レイは僅かに目を伏せる。
 いつになく、冷酷に見えたのは…多分、気の所為ではない。
 自分にも厳しいが、他人にも厳しい。それが…本来のラファエルなのだ。
 レイにだけ見せる、柔らかく甘える仕草こそが、例外なのだ。
「…貴方も、いつまでもそんな顔をしていてはいけませんよ」
 釘をさすように、ラファエルはにっこりと微笑む。そして、俯いたその顔を覗き込むように、そっと口付けた。
「…わかって、います」
 珍しくレイを励ますようなそんな姿は、主と言うよりは普通の恋人のようで。
 大きく息を吐き出すと、レイは顔を上げる。
「じゃあ、帰りましょう」
 先に立って、今来た道を戻って行くラファエルの背中を見つめ、レイは小さく溜め息を一つ吐き出すと、後を追って歩き始めた。

◇◆◇

 俺がシャワーを浴びて戻って来ると、そこには母様の姿しかなかった。
「…ラファエルとレイは…?」
 問いかけた声に、母様は玄関のドアに視線を向けた。
「さっき、散歩に出たの。貴方が上がるまでに戻って来るって言っていたから、もう帰って来ると思うけれど…」
「…そう…」
 レイは…多分、ラファエルに報告しているんだろう…。そう思うと、ちょっと気が重い…。
「…今日はもう寝る。御飯はいらないから」
 そう言い残して、自室へと足を向ける。
「…そう…?貴方の好きなものを作ったんだけど…」
 ちょっと元気のない声が返って来て…思わず足を止めて振り返る。
 寂しそうな表情を浮かべている母様に…ちょっと胸が痛んだ。
 母独り、子独り。ずっと、そう過ごして来た。だからこそ…俺は…母様を裏切ってしまった。その事実は、幾ら水浴びしようが、何事もなかったかのように振舞っていようが…消しようがない。
「…御免。食べるから…」
 小さな溜め息を一つ吐き出し、踵を返す。
 すると、母様は小さく笑いを零した。
「良いのよ、無理しなくても。今日は、独りになりたいのでしょう?ラファエル様とレイ様は食べて行って下さるって言っていたから」
 にっこりと微笑む母様。その笑顔の前には…俺は、無力だ。
「御腹が空いたら、後で夜食でも持って行くから。ゆっくりしていなさい」
「…うん…」
 結局、自分の部屋へと戻って来た訳だけど…直ぐに眠れるはずもなく、ベッドに横になったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。
 多分…ラヴェイユは、もう来ない。
 聞いた話だと…ガブリエルと言う人は、ミカエルの奥方様で…自分の軍を持つくらい、戦術全般に優れているとか。その上、どの軍よりも規律に厳しいと言う。
 ラヴェイユはそのガブリエル軍に所属しているのだから、さっきレイが言った通り…ガブリエルに知れたら、それなりの処罰は受けるはず。
 俺たちのことが、知られたら。一体、どんな処罰が待っているのか。
 俺は、大きな溜め息を一つ。
 眠るに眠れない。
 諦めて起き上がった時、控えめにドアがノックされた。
「…はい?」
 声を返すと、薄くドアが開いて見慣れた顔が覗く。
「入っても良いですか?」
「…どうぞ」
 ヴァイオレッドの眼差しがにっこりと笑い、ドアが開かれる。そして、部屋の中へと入って来たのは、ラファエル。
「食欲ないんですか?シーリアが残念そうにしていましたよ?」
「…ちょっとね…」
 何処まで、知っているんだろう?
 そんなことを考えていると、ラファエルは俺が座っていたベッドの端に腰掛ける。
 そして。
「貴方が気にしているのは…ラヴェイユのことですか?」
「………」
 思わず視線を伏せると、ラファエルは小さく吐息を零した。
「別に…貴方が人を好きになることは、構わないのですよ。年頃ですしね。でも…彼女は、駄目ですよ。貴方と、血の繋がりがある。それは…禁忌(タブー)、ですよ」
「…わかってる…」
 小さく呟きを零す。
 わかってはいた。でも、はっきりそう釘を刺されると…やっぱり、胸が痛い。
「わかっているなら良いんです。もう、そのことについて悩むのはやめなさい」
「…ラファエル…」
 思わず顔を上げると、ラファエルは笑っていた。
「まぁ…わたしが禁忌について語るのもどうかと思いますけど」
「…どう言う…?」
 ラファエルの言葉を問い返すと、ラファエルはヴァイオレッドの眼差しをすっと細めた。
「…誰かを好きでいる気持ちは、必要だと思います。誰も信じられなくなって、絶望を味わうのは辛いことです。だったら…好きになる気持ちは、持っていた方が良い。でも、相手を選んだ方が無難ですよ」
「………」
 時々…ラファエルは奇妙なことを言う。それは、昔から。
 ミカエルは、王都でかなり上の身位であると聞いているし、話も態度も、それ相応だと思う。
 ただ、ラファエルは…ミカエルの昔からの親友だと言っていたけれど、何処か飄々としていて…俺にはどうも、掴み切れない何かがあるような気がする。
 その時ふと、ラヴェイユがレイに言った言葉が甦った。
「…ラファエル…貴方は…レイと、どう言う関係…?」
 思わず、問いかけてしまったが…ラファエルはくすっと笑うだけだった。
「ただの、主従関係、ですよ」
「でも、ラヴェイユは、貴方とレイの関係を知ってる、って…」
「そうですね、知っているでしょうね。わたしの側近が彼だ、と言う話でしょう?」
「……」
 これ以上何を聞いても、多分ラファエルからの明確な答えは返って来ないだろうし…それを追求する意味もない。
「…わかった。御免」
 俺は溜め息と共に、そう言葉を吐き出した。
「…で、何しに来たの?ミカエルに…何を頼まれたの?」
 質問を、変えた。用もないのに、王都から遠く離れたこの地へ来るはずはない。ラファエルだって、そんなに暇じゃないはずだ。
 ラファエルの視線が一瞬、俺の胸元のペンダントへと向いた。そして直ぐにその眼差しを伏せ、小さく吐き出された言葉。
「何を…って…別に、たいしたことじゃないんですが…貴方のこれからの話をしに」
「…これからの…話…?」
 また、話が変な方向に向かいだしたのだろうか…。
 怪訝そうに眉を潜めた俺に、ラファエルは顔を上げて問いかけた。
「ずっと…ここにいたいと思いますか?」
「…どう言う事?」
「ラヴェイユのことですから、貴方を王都へと誘ったんじゃないかと思って。まぁ、貴方をガブリエルの軍に入れるつもりはないですけどね」
 再びいつものようににっこり笑うラファエル。この人は…何でも御見通し、なんだろうか…。
「…確かに…王都へ来ないか、って言われたけど…俺は、母様を置いては何処にも行かない。母様がずっとここにいる、って言うのなら…俺はここにいる」
 すると、ラファエルの表情がふっと曇ったような気がした。
 いつもの笑いは消え…その眼差しは、真っ直ぐに俺に注がれている。
「今の貴方は、身体は大きくなってもまだ子供です。本当に、自分が目指すべき道をまだ知らない」
「…当たり前じゃない。あんたたちは…俺に、勉強と戦い方を教えてくれた。でも、それだけだ。王都のことも、あんたたちが生きてる世界のことも…何にも話してはくれない。それで、何の道を見ろと?何を目指せと…?」
 ずっと…心の底にあった想い。
 俺は…ミカエルとラファエルに育てられた。でも…彼らは、いつもいる訳じゃない。時々やって来て、また王都へ帰っていく。ここへ来る理由もわからない。当然、俺の未来なんか見える訳ない。生きる目的もわからない。そんな状態で、今までずっと過ごして来たんだ。俺にとって、唯一確かなことは…母様との時間だけ。それを否定されたら…俺は、何故生きているのかもわからなくなる。
 硬く、口を結ぶ。そうしないと…何かが、壊れそうで。
「…俺は…知ってるよ。ミカエルは…俺を、育てたいんじゃない。ただ…母様に、会いたいだけなんだ。その名目で来ているだけでしょう?父親のように振舞ったって…あの人は、俺を見てない。あんただってそうでしょ?あんたは…何が目的なのかわからないけど…少なくとも、本気で俺の将来なんか考えてないでしょ?それで、どうやって生きれば良いのさ?俺は…何の為に生きれば良いのさ…」
 自分で言いながら…胸が痛い。
 ずっと…想って来た事を…どうして今、ラファエルにぶちまけようと思ったのか…それすらも、わからない。でも…今言わなければ…多分、もう二度と言えない気がして。
「…ラヴェイユは…俺を、見てくれた。ちゃんと、俺を愛してくれた。母様には言っちゃいけないって言われたから…いけないことはわかってた。でも…誰も、そんなこと教えてくれなかったじゃない。事実がわかってから、それは駄目だ、って言われたって…誰がそんなことで納得出来るの?俺なら、素直に頷いて、それで終わると思ってるの?あんたたちにとって…俺は、何なの…?」
 ラファエルは、俺の言葉を黙って聞いていた。
 大きな、溜め息が一つ。
 その表情は…いつもとは全く違う。
 俺は…ラファエルを、傷付けた。それだけは、わかった。
「…貴方の、思っていることはわかりました。わたしたちが信用ならないと。要約すると、そう言う事ですよね?」
「…だったらどうだって言うのさ…」
「そうですね…まず、頭を冷やしましょうか。御互いに」
「………」
 ここに及んでも…ラファエルの意図がわからない。
 ラファエルは立ち上がると、ドアへと歩き始めた。そして、開ける前に一度、俺を振り返った。
「少なくともわたしは…貴方のことが好きですよ。真っ直ぐで、揺るがない。その心を、大事にしなさいね。その真っ直ぐな心は、きっと貴方の力になります」
 にっこり微笑んで、ラファエルは出て行った。その笑顔が…とても、寂しそうに見えた…。
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如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
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非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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