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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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最後の晩餐 3
こちらは、以前のHPで2003年2月28日にUPしたものです
 ※シリーズ小説はカップリング小説です。
(基本DxAですが、色々複雑です…スミマセン…/苦笑)
6話完結 act.3

拍手[2回]


◇◆◇

 辺りは闇に閉ざされていた。
 情報局の最上階、長官の執務室。局内の明かりは既に消えていたが、ここだけは未だ薄明かりが付いたままだった。
 局員の気配は他にはなく、それを知った上で、副官のリエラはエースの帰りをこの執務室で待っていた。必ず、帰って来る。そう信じて。
 そんな小さな祈りを胸にしていた時。念の為にと執務室の周りに張ってあった結界が、小さく反応した。
「…っ」
 顔を上げたリエラは、そこに闇に紛れるように佇む悪魔たちを見た。
「…エース長官…ゼノン様も…」
「こんばんは」
 軽く微笑み、ゼノンはリエラに挨拶をした。
「遅くなったな」
 自分を待っていてくれたリエラに小さな微笑みを零し、エースはつぶやく。
「御待ち申しておりました」
 そう答えて僅かな間を置き、再び開かれた唇。
「…御帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
 それは、リエラが純粋にエースを待っていたと言う証だった。
 しかしそんな呑気なことを言っている状態ではないことは、誰もがわかっていた。すっと表情を引き締めたエースは、リエラに問う。
「ルークは?」
「いえ…未だ、何も……ですが、一つ…」
「何だ?」
「局員が数名、行方が知れないのです。しかもそれは情報局に限らず…どうやら軍事局、文化局…その上、枢密院の者も数名ずつ…大きい部署では半数近くに及ぶところもあるそうです。その全てを合わせると、相当な数の局員の姿が見えないそうです」
「…裏切り者、か」
 エースもゼノンも眉を潜める。
 ターディルの策略は、順調に進んでいるのだろう。このままの状況が進めば、枢密院とていつターディルが踏み込んでも可笑しくはないのだ。
 ギリッと、小さな歯ぎしりの音がエースの唇から漏れた時、再び結界が小さく反応した。
「…誰だ?」
 それが敵を阻む反応ではなく、明らかに受け入れる態勢であったことに、皆は反応の起こったドアを見つめた。
「…俺、ルーク…」
「ルー…っ」
 急いでドアを開けてみると、空な眼差しのルークがそこに立っていた。
「…エース…良かった、いてくれて…」
 微かに微笑みを見せたルークは、すっと目を閉じると床に膝を落とした。
「ルークっ!」
 咄嗟にルークの身体を抱えたエースは、何の手当てもされず、未だ血で濡れたままの背中に目を見張った。
 こんなに酷い傷を負っているのに。
 僅かに歪んだエースの表情に、ゼノンはそっとその肩に手を置いた。
「…傷は治すよ。だから、大丈夫だよ」
「…あぁ」
 今は、その言葉がせめてもの救いだった。


 ルークが目覚めると、既に日は昇っていた。
「大丈夫か?」
 そう声をかけられて視線を巡らすと、そこには心配そうな表情を浮かべたエースがいた。
「…大丈夫」
 そうつぶやき、ルークは身体を起こす。胸に巻かれた包帯は、多分ゼノンがやってくれたのだろう。
「御免ね、エース…心配かけて」
 自分がどれだけエースに心配をかけていたのか、ルークにはわかっていた。だからこそそう言ったものの…自分はまた、エースを困らせてしまう。僅かに覗かせたそんな不安を、エースは容易く読み取っていた。
「…どうした?ルーク」
 問いかけたエースの声。
「…御免」
「ルーク?」
 ルークは顔を上げ、エースを見つめた。その表情は見ている方も胸が詰まる程、思い詰めていて。
「エース…」
 自分を見つめるエースの眼差しは、とても優しい。こんなにも案じてくれるエースを、自分は一時でも裏切ってしまったのだから。
 それは、ルークの胸に重くのしかかる哀しみ。
「ルーク、何を…」
 突然、巻かれていた包帯を解き始めたルーク。背中の傷は、まだ治った訳ではない。それでもルークはそれを全て解き終わるとソファーから立ち上がって、傍にあったターディルの剣を手に取る。
「…おい、ルーク…」
 怪訝そうな表情を浮かべるエースに、ルークは一言。
「…御免ね、エース…」
「ルーク、何があったんだ?ターディルと、何を…」
 ルークは、その剣先を真っ直ぐエースに向けた。
 そして。
「俺…あんたを殺さなきゃいけない」
「…っ」
 ルークの告白に、エースが目を剥いたのは言うまでもない。
「どう言うことだっ!ターディルと何があったんだ!?」
「仕方なかったんだよ…っ!ダミ様とデーさんの生命がかかってるんだからっ!俺に、選択の余地はないんだよっ」
「…それで…俺を殺すことを、選んだのか?」
「だから、謝ってるじゃない…」
 ルークは片手で顔を被い、エースの視線から逃れる。それと同時に、向けられていた剣先は下へと下ろされる。
 ルークにとってそれを選択にかけるべきではないことぐらい、エースにもわかっていた。だから、その答えを咎めるつもりは毛頭ない。
「殺せよ、俺を。それでダミアン様と…デーモンが助かるなら」
「…俺が…本気であんたを殺せると思ってるの?」
「なら、何故俺を殺すことを選んだ?ダミアン様とデーモンを助ける為に、俺を殺さなきゃいけないんだろう?彼奴を助ける為なら…構わない」
「…馬鹿言わないでよ…あんたが死んだって丸く収まる訳ないじゃない。それで、終わる訳ないでしょ…?その先には…もっと悲惨な現実が待ってるんだ。救いようのない…逃れられない現実が」
「だったら…」
「俺に…選択肢なんか、最初からなかったんだよ。彼奴等は…俺が、ダミ様やデーさんを裏切れないことを知ってる。そして…あんたを殺せないことも…全部、知ってるはず。俺は…単なる、捨て駒だよ。同士討ちを目論んで、少しでもあんたの心を乱す為の。だったら…答えなんか、一つしかないじゃない…」
 ルークは潤んだ眼差しをエースに向ける。しかしその表情は、最早尋常ではない。
「…ルーク、何を…」
 何を、考えてるんだ?
 そう、問いかける前に、エースは息を飲む。
 ルークの手に握られた剣は、いつの間にか逆手に持ち替えられていて。
 小さく微笑んだルークは、傷付いた背中に片羽の翼を呼び出す。己の血に塗れたそれは既に真白ではなかった。
「俺は、ダミ様やデーさんを助ける為に、あんたを殺すことを選んだんじゃない。あくまでも、時間稼ぎのつもりだった。あんたは、必ずダミ様とデーさんを助け出してくれる。俺は、そう信じてるから。堕天使の翼とあんたの生命なら…当然、結果は見えてるでしょ?捨て駒なら、捨て駒らしく…こんなもの、潔く、くれてやる」
 エースが留める間もなくルークは己の翼の根本に剣をあてがって、一気にそれを引き降ろした。
「ルークっ!」
 咄嗟に抱き留めたルークの身体から、バサリとその翼だけが床に落ちた。再び溢れ出た鮮血はルークの背を流れ落ちる。
「ルークっ!!」
 再び、エースの声が響く。ルークの唇は、悲鳴一つ零さない。苦痛に歪めた顔に僅かな笑みを浮かべ、ルークは震える唇でその言葉を紡ぐ。
「…これで…ケリは付いた。俺はもう堕天使でもないし、裏切り者にもならない。俺には…こんなことしか、出来ないから…」
「馬鹿言うな。直ぐに、手当を…」
 ゼノンを呼ぼうとしたエースを引き留めたルークは、気丈にも小さな笑みを浮かべる。そして。
----足手纏いになって…御免ね…
 小さなつぶやきを零し、ルークの意識は途絶えた。
「…済まない、ルーク…」
 一度も、ルークが足手纏いだなんて思ったことはない。けれど…堕天使であることが、足手纏いだと…ルークがそう思っていたのなら…そう思う前に不安を取り除いてやれなかったことが申し訳なくて。
 エースは意識を落としたルークの身体をきつく抱き締める。
「翼は戻らなくとも…御前の気持ちは無駄にしない。ダミアン様とデーモンは、必ず助けるから…」
 最早ルークには届かない言葉をつぶやき、エースは血に塗れたルークの身体をソファーに横たえると、ゼノンを呼ぶ為に続きの間のドアを開けた。
「…ちょっ…どうしたの!?」
 ドアに完全に遮断された部屋には、今までの状況は伝わっていなかったが、エースの表情で多少の推測は付いた。
「…全く…直ぐに無茶をするんだから…」
「悪い…出血が酷いから、診てやってくれ」
「わかってる」
 溜め息を一つ吐き、ゼノンはルークの手当に向かった。

 手当を終えたルークは、続きの間のソファーで眠っている。執務室の己の椅子に深く腰を降ろしたエースは、正面のソファーに腰を降ろすゼノンと向き合っていた。
 神経質そうに両の手の指を組み、そこに顎を凭れさせるその表情はとても険しい。それはまさに、戦いの場のエースである。そしてその視線が向けられている先には、先程ルークが己の翼を切り落とした剣がある。
「これから…どうするつもり?」
 とても穏やかな声。その声はいつものゼノンだが、表情ばかりはそうもいかない。物言いたげな碧色の眼差しに、エースはその視線を伏せた。
「どんなことをしてでも、俺はダミアン様とデーモンを助ける」
「…そう。まぁ…俺が止めたところで、御前は俺の話には耳も貸さないだろうしね。思い残すことがないくらい、思い切りやってくれば良いと思うよ」
「…嫌な言い回しするな…」
 いつものゼノンとは、何かが違う。それは、敏感になっているからこそ、感じた違和感だったのだろうか。
 ゼノンは、小さな溜め息を一つ。
「…俺は…医者として、ルークを護らなければならない。それは、わかってる。でも…それは、俺自身…ただの逃げの口実に思えてならないんだ。身分を剥奪されたこの現状で、俺だけ指を銜えて見ている訳にはいかない。俺は…"鬼"に戻ってでも、戦うべきじゃないか、って…」
 思いがけない言葉に、エースも溜め息を一つ。
「…馬鹿言うな。疾うの昔に戦線を退いた男が、"鬼"に戻るって、何を今更…」
「そうだね。俺も、そう思うよ。今更"鬼"を制御出来る自信も体力も、あるかわからないけどね。でも…この状況から、逃げたくはないんだ。ライデンは、今は魔界に関わるべきじゃない。それはわかる。でも俺は…雷神界に属しているんじゃない。魔界で…御前たちと同じ世界にいるんだ。現役で戦線に立っているとかいないとか…そう言う問題だけじゃない。俺は…」
「もう良い。わかったから」
「…エース…」
 ゼノンの言葉を遮り、エースは大きく息を吐き出しながら、首を横に振る。
「…御前が魔界へ戻って来た時点で、もう御前を止めないと決めていた。俺には…今の御前を止める権利はない。俺だって、誰の命令でもなく、勝手にやろうとしていることだ。御前だけ…あれは駄目だ、これは駄目だ。こうしろ、あぁしろって…そう言われることが不満だって言うのはわかる。だから、俺は…もう御前にどうこうしろとは言わない。その代わり…ライデンにだけは、無茶をさせないでくれ。それだけは…頼むから…」
「……わかってるよ。ライデンだけは、必ず護るから」
 エースのその気持ちは、痛い程わかっていた。
 ゼノンが"鬼"であることを捨てようと思った日から…まさか、もう一度その能力に縋ろうと思ったことは、今まで一度もなかった。
 けれど今…それを口にしたと言うことは、それ程までに、大きな不安が目の前にあると言うこと。
 そして…何かを捨てる覚悟もまた、抱いているのではないか、と言う漠然とした恐怖も、エースの中にはあった。
「…間違っても…死ぬなよ」
 小さくつぶやいたエースの言葉。
 その言葉の重さに、ゼノンは思わず小さく笑った。
「残念ながら俺は"鬼"だからね。御前たち以上に、元々そう簡単には死ねないよ。それに…御前がデーモンを置いて死ねないように、俺だって…ライデンを置いて、死ぬ訳にはいかないしね。それに…俺が死んだら、使い勝手の良い医師と雑用係がいなくなって大変でしょう?」
「…馬鹿言うな。御前は…有能な医師であり…頼りになる仲魔、だよ」
 余りの自虐に、エースも思わず小さく笑った。
「有難う。そう言って貰えて嬉しいよ」
 にっこりと微笑むゼノン。それは、いつもと何も変わらない。けれど…その胸の内は、既に戦闘態勢に戻りつつあった。
「俺はまず、ルークを雷神界へ送って来るから。それからは…どうなるかな、俺にもわからないけど…とにかく、御互い死なないようにだけ頑張ろう」
「…そうだな」
 ここに来て、エースのささくれ立っていた心が、ほんの少しだけ癒されたような気がした。
 ちょっとだけ冷静さを取り戻したエースは、目を閉じて大きく息を吐き出す。それから、左耳につけているピアスを二つとも外した。
 その途端、高まる魔力。それは、生命をかけた、本気の戦いの合図でもあった。
「…気をつけて」
 そのエースの姿に、ゼノンは一言だけ、そう声をかける。
「…御前もな」
 短く告げたエースに、既にいつもの表情はなかった。冷たい眼差しと、それに相応しい冷酷な姿。それはまさに、百戦錬磨の戎(つわもの)の名に相応しい。
 エースは椅子から立ち上がると、未だルークの血に塗れた剣を手に、ブーツの踵を鳴らしてドアへと向かう。そのドアを開け、結界を通り抜けた瞬間、そこに佇むリエラの姿を見つけた。
「…行かれるのですか?」
 そう尋ねたリエラは、切ない程の想いを懸命に殺しているかのように健気だった。
「結界だけは守ってくれ。ルークが重傷だから」
「御意に」
「…行って来る」
 エースはそれだけ告げると、すっとリエラの横を通り過ぎた。
「…エース長官…っ」
 リエラが振り返ると、既にそこにエースの姿はなかった。
「…御気を付けて…」
 エースの姿の消えた場所に向けて、リエラは小さく言葉を向けていた。

◇◆◇

 ルークの様子を診に行っていたゼノンは、呼吸の落ち着いた容体に安堵の表情を浮かべ、執務室に戻って来た。そこにエースを見送ったリエラが結界の中へと入って来る。
「御前にも、迷惑をかけてしまうね」
 リエラの姿に向けて、ゼノンは軽く微笑む。
「いえ。わたくしの能力がもっと強ければ、強力な結界を張ることも出来たのですが…申し訳ありません」
 済まなそうに言葉を発するリエラに、ゼノンは言葉を返す。
「いや。元々、転がり込んだのは俺たちだもの。匿って貰っているんだから、これ以上の我儘は言えないよ。ルークの容体が安定して来たから、雷神界の方に移そうかと…」
 そこまで言いかけて、ゼノンは口を噤んだ。
 エースが解放した気に反応して、ターディルたちが集まって来たのだろう。
「…結構早かったね。意外と優秀じゃないの」
 結界を通して感じる気配に、ゼノンは思わずそうつぶやく。リエラも同じ気を感じ、不安そうにゼノンに視線を向けた。
「…ゼノン様…」
 ゼノンの表情を見たリエラは、息を飲む。そこに、見知っているゼノンはもういなかった。
 ゼノンは…笑っていた。まるで…戦うことを楽しみにしているかのように。
「あの…」
 初めて見たゼノンのそんな姿に、思わず声をかけたリエラ。けれどゼノンは、既に準備に入っていた。
「ルークを連れて行く。なるべく早く魔法陣の能力が満ちるように頑張るけど、念の為隣の部屋に通じるドアにも、二重に結界を張ってくれる?」
「…御意に」
 足早に隣の間に消えたゼノンが締めたドアに結界を張り、心を決めた時。
「ここにいることはわかっている。大人しく出て来い。さもなくば、この結界を破らせて貰う」
 そう声が聞こえた。それは、ターディルの声に間違いはない。
 隣の間の魔力は、まだ満ちていない。時間を稼がねばと思っていた矢先、結界を破ろうとする能力を感じた。
 いよいよターディルも我慢の限界が来たようだった。幾度目かの能力がぶつかって来た時、結界は破られた。ドアを壊すかのように開けられ、ターディルとその部下たちが姿を現した。その茶色の眼差しは、とても冷たくて。
「ほほう。御前も共犯かと言う訳か」
 リエラを見据えて言葉を発したターディルは、奥の間へ続くドアに目を向ける。
「結界がもう一つあるようだな。奴等はあの中か」
 足を進めようとするターディルの前に立ち塞がるかのように、リエラは身を呈してその行く手を阻む。
「そこまで主に忠実か。まぁ、それも良かろう。奴を捕らえたなら、貴様も奴と同罪にしてやろう」
「そう上手くいくと御思いで?」
 直後、ターディルは不敵は笑いを零し始めた。
「このわたしが奴に負けると言いたいようだな。だが、貴様は考え違いをしている。敗れるのは奴、だ」
「笑止っ!」
 カッとなったリエラが、腰の剣を抜こうとしたよりも僅かに早く、ターディルは己の剣をリエラに振り降ろす。
「…っ!!」
 その剣先がリエラの胸元を切り裂き、赤い血が流れ落ちる。床に膝を付いたリエラを一瞥し、ターディルは部下に向けて言葉を放つ。
「結界を破れ。奴等を逃すな」
 ターディルの声を受け、部下たちは一斉に奥の間へ続くドアに施された結界を破りにかかった。
「…彼を敵に回した貴方に、未来はない」
 荒い呼吸を零し、リエラはターディルを見上げた。
「貴様…」
 その言葉にカチンと来たターディルは、再び剣を振り上げる。だが、リエラはそれを恐れることもなく、ターディルを見据えていた。
「わたくしを殺すなら、それも構いません。ですが、この革命が成功すると思っているのなら…それは貴方の破滅に過ぎない」
「ほざけっ!」
 再び降り降ろされた剣はリエラの右肩を深く抉る。飛び散る鮮血に声も上げず、リエラはターディルから視線を背けなかった。
 瞬間。背後で結界が破られるのを感じ、リエラは思わず目を向けた。部下たちがドアをこじ開けた瞬間、溢れ出す眩いばかりの光。それが最高峰の転移術であることは容易くわかった。
 そして、その光の真ん中には…横たわるルークと、跪いて切られた一対の翼を抱えた一名の"鬼"が、いた。
「……"鬼"……」
 リエラですら、初めて見た"鬼"の姿。それが誰であると…問わなくてもわかってはいたが…その圧倒的な力は、誰もが息を飲んだ。
「追え!逃すなっ!」
 ターディルの声に、剣を携えた部下たちは一様に向かっていく。けれど、鬼面を被った"鬼"には、赤子の相手をするようなもの。
「遅いよ」
 そう、笑いを含んだ声が届く。次の瞬間、彼らに掌を向け魔力の塊を放つ。それだけで、部下たちの姿は跡形もなく消えていく。
「逃すな…っ!捕まえろ…っ!!」
 その声も虚しく、魔法陣の能力は満ちた。そして、眩い光と共に彼らの姿はそこから消えていた。
「追え!追うんだ…っ!」
 そう声を上げてみても、到底部下たちには追い切れるはずもない。光が薄れた部屋の中で右往左往するのがオチである。小さく舌打ちしたターディルは、その鋭い視線をリエラに向けた。
「…覚えておけ。貴様も、奴と同じように始末してやる」
 そう言葉を残し、ターディルは部下を引き連れ執務室を去る。
 リエラは大きな溜め息を一つ吐くと、血の溢れる右肩を押さえて光の消えた奥の間へゆっくりと歩みを進める。床に落ちているのは、ゼノンが左耳に付けていたはずのピアスが二つ。普段、魔力と感情を制御しているはずのピアスを外してまで、ルークを護る為に転移をした先はわかっていた。
「…どうか、御無事で…」
 リエラは拾い上げたそのピアスを握り締め、小さくつぶやいていた。

◇◆◇

 魔界の鬼門たる魔封じの塔。その牢に手足に魔力を封じる械を填められて捕らえられているのは、かつて皇太子と呼ばれていた者。
 薄暗い牢の中でも緩いウエーブを描き、肩口から零れる金の巻き毛は輝きを失せることがない。毅然とした眼差しも、崩すことのないプライドも、皇太子と言う身分が彼に相応しいモノであることを物語っている。
 その薄暗い岩牢に、一つの気配が近付いて来るのを感じ取る。その眼差しを気配の方に向けると、そこには黒を纏い闇に溶け込んでいる、見慣れた姿。
「ルークはどうした?片方の翼は、切り落とされたと聞いたが…彼奴の状態は?」
 つい先程聞いた事実。その様子を確かめるべく、彼…ダミアンは問いかける。
「それが……」
 僅かに口調を濁しながらも、闇の悪魔はその事実をダミアンに告げた。彼が愛したルークの真白き翼は、もう二度と見られないのだと。
「…そう、か」
 小さく零した声は何処か悲痛そうだった。だがダミアンはしっかりとした口調で、闇の悪魔に言葉を返した。
「ルークも、辛かったのだろう。だが…悠長にそれを語っている暇は、今はないだろう。御前もまだ、これからだろう?」
「…ダミアン様…」
 見透かされていたとばかりに、その顔色が僅かに変わった。その表情に、ダミアンは闇の悪魔の心の底にある想いを否定するかのように、口を開いた。
「一つ…言っておくよ。御前は命賭けって言う顔をしているけれど…それは間違いだ。本来誰しも、生命をかける為に生を受けたのではない。それは、誰に対しても…だ。気障を気取るようだけれど…生命をかけることが決して格好いいモノじゃないことは忘れるな」
 それは普段では決して言えない台詞。本来なら、魔界と自身の主に忠誠を誓っているはずの彼等が口にする言葉ではないのだ。
 だが、ダミアンは敢えてその言葉を闇の悪魔に送ろうと思ったのだ。生き延びなければ意味がないと言うことを、伝えたくて。
「必ず、生き延びろ。決して…死ぬんじゃないよ」
 一瞬の沈黙。その沈黙の奥には感謝の気持ちで一杯であった。
「…御意に」
 小さなつぶやきの後、ふと気配が消えた。
「…信じているよ、エース」
 ダミアンは気配が消えた場所に向け、小さく微笑む。褪せることのない、精一杯の微笑みを。
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プロフィール
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如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
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非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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