Craving ２

第四部"for PARENTS"　(略して第四部"P")

こちらは、本日UPの新作です。
第四部は徐々にオリキャラメインとなりますので、御注意ください。
興味のある方のみ、どうぞ。(^^；
３話完結　act.２

◇◆◇
　ルークがエースの執務室で、エースとゼノンと会ったその数日後の夜。
　仕事を終えて屋敷に戻って来たルークは、再び使用魔たる朱凛の上機嫌な顔を見た。
「御帰りなさいませ」
「…いやに上機嫌だね…」
　最早、嫌な予感しかしない。けれど、ダミアンには時間が欲しいと言ったっきりなのだから、押しかけて来る、と言うことはないだろうと思う。
　となると、上機嫌の理由は仲魔の誰かが来ているのだろう、と言うくらいしか思い当たらなかった。
「…で？誰が来てるの？」
　脱いだ外套を渡しながら問いかけた声に、朱凛はにっこりと微笑んだ。
「えぇ。デーモン閣下がいらっしゃっております」
「…デーさん、か…」
　小さな溜め息を一つ。今度は何を言われるんだろう。上機嫌の朱凛とは反対に、ルークは浮かない表情。
　重い足を引き摺るようにリビングへと足を運ぶと、そのソファーに座るデーモンの姿が見えた。
「あぁ、御帰り。悪かったな、留守に待たせて貰って」
「いや、別に良いけどね」
　そう零しながら、デーモンと向かい合うようにソファーへ座る。そして、蒼羽が御茶の用意をしてリビングを出て行くと、改めてデーモンへと言葉を向けた。
「…で？」
　徐ろにそう問いかけた声に、デーモンは苦笑する。
「随分機嫌が悪いな」
「…そう言う訳じゃないけど…どうせ、エースだかゼノンだか…もしかしたらダミ様か…誰かに言われて来たんじゃないの？って思ったからね。また説教されるんじゃないのかな～ってね」
　溜め息を吐き出し、ソファーに深く背を凭れたルーク。その姿に、デーモンは笑いを零した。
「成程な。まぁ、御前の気持ちもわからなくはないな。だが、吾輩はエースにもゼノンにも、御前を説得しろとか、説教しろとか、指示されている訳でもない。単なる様子見と報告に…な」
「…報告？」
　一体何の報告だろう？
　怪訝そうに眉を寄せたルーク。そんなルークを前に、デーモンは小さく息を吐き出した。
「皇太子殿下が御生まれになられただろう？だから、祝いの品と歌を届けに行くことになった。それで…だ。その時に、良かったら…御前も来ないか…？」
「…デーさん…」
　思いがけないその言葉に、ルークは表情を変えた。
「…奥方様には会わない、って言ったじゃない…」
「まぁな。確かに御前はそう言っていたし、ダミアン様もそれを納得された。だから、吾輩も無理に引き合わせるつもりじゃない。御前は、ただの吾輩の御供だ。奥方様に直接会えと言っているんじゃない」
「でも…」
　困惑の表情。そんな顔を前に、デーモンは再び小さく息を吐き出す。
「…正直な…エースもゼノンも、御前の判断を待つしかないとわかってはいても、心配でしょうがないんだと思う。彼奴らは勿論、ダミアン様も何も言わないが、顔を見ればそれくらいはわかるものだ。御前とダミアン様と、良く話し合わなければならないのはそうなんだろうが…御前が納得出来ていないのに、話し合ったところで何も話は進まないだろう？そんな状態で時間を費やすよりも…荒療治かも知れないが、一度奥方様のところへ行ってみれば、もしかしたら何か気持ちが変わるかも知れない。会えと言うことじゃなくて…場所だとか、空気だとか、雰囲気だとか…そう言うものを感じるだけでも、気持ちが変わることがあるだろう？吾輩が言いたいのは、そう言うことなんだ」
　デーモンらしい、斜め上を行く見解。それが良い方向へと向かうのなら…との提案だが、はいわかりました、とルークがすんなり納得出来る筈もなく。
「…何も変わらなかったらどうするのさ…」
　思わずそう零した声に、デーモンは小さく笑う。
「何も変わらないのなら、別に心配はいらないじゃないか。その後で御前がどう思うか、それは行ってみなければわからない。その結果で、御前の気持ちが変われば、それをダミアン様に伝えれば良い。それが良い結果か、悪い結果か…それは御前の判断にしかならないが…それでも、御前が納得出来るのなら、ダミアン様も納得するはずだ」
「……強引なんだから…」
　話を聞いている分には…成程、とすんなり納得しそうになる。けれど、やはりそこで迷いが出るのは当たり前のこと。
「ちょっと…考えさせて貰っても良い…？」
　そう問いかける声に、デーモンは小さく頷いた。
「あぁ、それは構わないが…吾輩が出向くのは明後日だ。その朝までに、返答をくれな。その時点で答えが出ていなければ…強引にでも連れて行くぞ？」
「…了解…」
　溜め息が零れる。
　段々、時間に追われて結論を求められる気がする。けれど、闇雲に引き伸ばすよりは…その方が良いのかも知れない。
「因みにさ…ダミ様も行くの…？」
　もしも行くのなら、気まずいところもある。そう思って聞いてみると、デーモンは首を横に振った。
「いや。ダミアン様は王都に残る。吾輩だけ、だ。全てを聞いた訳ではないが…恐らく、ダミアン様は奥方様には余り会うつもりはないのではないか、とな…」
「どう言うこと…？ダミ様は、別れて暮らすとは言っていたけど…あんまり会わないとは聞いてないよ…？」
　思いがけない言葉。その意味を問いかけたものの…相手は本魔ではない。当然、はっきりとした答えは返った来ない。
「吾輩も詳しくはわからない。言ったはずだ、全てを聞いた訳ではないと。ただ…吾輩がそんな気がする、と言うだけの話だしな」
　そう言いながら、御茶のカップに口を付ける。
「吾輩がこんなことを言うのはどうかと思うから、絶対にオフレコにしていて貰いたいんだが…正直、ダミアン様から奥方様への愛情は感じられない。勿論、表面上はそんな素振りは見せない。だが…吾輩だから感じるのかも知れないが…やはり、政略結婚と割り切っているんだと思う。御前を待たせて置きながら、いつまでも世継ぎが出来なかったのも…恐らく、御互いの妥協点を探っていたからじゃないかと思うんだ。幾度も話し合って出したその結果が別居生活であり、御互いの生活には関与しないと言う結論なんだと思う」
「だから会わなくても良いって…そう言うことなの？」
「多分、な。何度も言うが、それは吾輩の個悪魔的な意見だからな。後で話が違うとか言うなよ」
「わかってるよ…」
　デーモンが言った言葉の意味を良く考えながら…自分の気持ちをもう一度しっかりと見つけなければと改めて思う。
　それが…ルークの為にと、ダミアンが選んだ道であるのなら尚更。
「…明後日の朝、ね」
　溜め息と共に零した言葉。自分自身に念を押すようなその言葉に、デーモンは苦笑する。
「この世の終わりみたいな顔をするな。明るい未来を思い浮かべるんだぞ？」
「…はぁい」
　再び溜め息を零しながら、頭を掻く。
　何度溜め息を吐き出したところで、胸の中は晴れなかった。

◇◆◇
　じっくりと、想いを巡らせる。
　初めて出逢ったあの日のことは、今でも忘れない。
『御前は今日から"ルーク"だ。我々の仲魔、だ。もう、過去を振り返るな』
　あの日、そう言われた言葉。絶望の淵にいた自分を、引き摺り上げてくれた。そこから…悪魔として、歩き始めることが出来た。
　どんな時も、見守っていてくれた。
　どんな時も、支えていてくれた。
　その想いに応えようと必死に働いて…そして、すぐ近くにいられるだけの地位を手に入れた。そして…その心までも、手に入れたはず。
　今更、何を迷う？
　溜め息の深さは…そんな大切な相手を苦しめていることへの後悔、だったのかも知れない。

　約束の日の朝。
　重い足を引き摺るように、ルークはデーモンの執務室を訪れていた。
「結論は出たのか？」
　一応、礼服に近い正装はしている。このまま一緒に出かけても何の問題もない。
　デーモンの方もすっかり身支度を整えている。赤地に金糸の刺繍の入った礼服。そして、敬意を示す真白きマント。デーモンの正装、と言うと、このところこの色合いが多い。
「…その礼服、好きだよね」
　思わずそう零した声に、デーモンの苦笑が返って来る。
「まぁ…な。何着か作り変えてはいるんだが…どうしても似たような感じに仕上がるんだ」
「エース、好きでしょ？その礼服」
「……聞いたことはないが…？それがどうかしたのか…？」
「…いや…何でもない。御免」
　恋悪魔が纏う色と同じ色を身に纏う。自然でありながら、深い絆を感じさせる。
　けれどルークが今抱いているのは、見当外れの嫉妬。今まで沢山の困難を乗り越えた二名の絆が、ただ単に羨ましかっただけ。それは自分でも良くわかっていた。
　ならば…どうすれば良い？
「…まぁ、それは良いんだが…どうするんだ？」
　ルークの表情で、何となくそんな思考を察したデーモンは、そのことにはそれ以上深くは触れなかった。
「うん…」
　この期に及んで、躊躇う理由。それは、一つしかない。
「…ねぇ、デーさん…一つ、聞いても良い？」
「ん？なんだ？」
　溜め息が、一つ。そして、再び開かれた唇。
「指輪……して行っても良いかな…？」
「…指輪、か…」
　ふと視線をルークの手元まで落とすと、その左手の薬指に填められた指輪を指先で弄んでいる。
　それは、以前ダミアンから貰った指輪。人間界流の"婚姻の証"は…魔界生まれで魔界育ちの王妃は知らないだろう。本来なら、流石に正妻の前では許されるものではない。けれど…それが、ルークなりの、誰よりも愛されていると言うプライドなのだろう。
「…気になるなら、手袋貸してやろうか？」
「…うん、貸して。向こうに着いたら填めるから」
　目線を合わせず、そう言ったルークに苦笑しつつ、デーモンは引き出しから正装用の手袋を取り出すと、それをルークに手渡した。
「で？一緒に行くのか？」
　改めて問いかけると、手袋をポケットへとしまったルークは大きく息を吐き出す。
「…まぁ、ね。俺はデーさんの参謀だし…何かの時には護らなきゃいけないしね。取り敢えず、一緒には行くよ。でも、奥方様には会わないからね」
「あぁ、それはわかってるから」
　ルークにしてはかなりの譲歩。大きな溜め息が、その重い胸の内を物語っていた。
「…行けるか？」
　そっと、問いかける。
　すると、ルークはその両手で自分の頬を叩くと、すっと顔を上げた。
「ＯＫ。いつでもどうぞ」
　気合を入れたルークにくすっと笑いを零すと、デーモンは手を伸ばしてその頭をくしゃっと混ぜた。
「よし。じゃあ、行こうか」
「御意に」
　先に立つデーモンの背中を追うように、執務室を後にした。

　王都から少し離れた郊外。周囲を緑に囲まれ、落ち着いた雰囲気の中にあるその屋敷の門を潜り、リビングへと通されたデーモンとルークであったが、既に話は通っており、デーモンのみ別室へと案内されていった。
　その背中を見送り、促されるままにソファーへと腰を落ち着かせたルーク。テーブルの上に置かれた御茶の湯気をじっと見つめていると、穏やかな口調の使用魔がそっと声をかけた。
「本日は若様と奥方様の為に、わざわざ王都からいらしていただいて有難うございます」
「…あ、いえ…わたしは閣下の従者ですから…」
　敢えて、身位を名乗らなかった。なので、傍から見ればただの従者にしか過ぎない。そうなると、そこまで感謝されるのもどうも落ち着かない。
「宜しければ…窓を少し開けましょうか。今日は良い御天気ですし…庭の緑も綺麗ですから」
「御気遣い、有難うございます」
　にっこりと微笑むルークに、使用魔はほんの少し赤くなる。けれど直ぐに自分の仕事へと戻り、窓を開けた。
　使用魔の言う通り、穏やかな天気に手入れの良く行き届いた緑が良く映える。
「少し、拝見させていただいても宜しいですか？」
「どうぞ。デーモン閣下が御戻りになられるまで、ごゆっくりしてください」
　その声に促されるように、ルークはソファーから立ち上がると窓辺へと向かう。
　心地良い風に吹かれながら…ぼんやりと木々を眺めていると…ふと、風に乗って聞こえた歌声。
　それは、デーモンが皇太子と王妃に送った歌。誕生を祝い、今後の倖せと成功を祈って。そんな想いを感じるが…それだけではない。それに気付いたルークは大きく息を吐き出す。
「…素敵な歌ですね。デーモン閣下の歌声を近くで聞くことが出来るなんて、思いもしませんでした」
「…流石…ですよね」
　嬉しそうにそう零す使用魔の声を背中に…ルークはその歌の本当の意味を感じ取っていた。
　確かに、皇太子と王妃に対して送った慶祝の歌ではあるのだが…その言葉の裏にある"言霊"。
　ルークに頑張れと声援を送っている。巧妙に隠したその"言霊"は…流石デーモン、としか言い様がなかった。そして自分は…その想いに、何処まで応えられるだろうか。
　そう想いを巡らせている間に一曲歌い終わる。それを期に、ルークは大きく息を吐き出すと、背後で未だうっとりとした表情の使用魔に声をかけた。
「あの…王妃様に…御会いしても宜しいでしょうか…？」
「…奥方様に、ですか…？」
　ただの従者。そう言っていたルークが、突然王妃に会いたいと。それは不審でしかなかったが…ルークはにっこりと微笑むと、自らの身位を名乗った。
「御挨拶が遅れまして申し訳ありません。わたしは、軍事局総参謀長のルークと申します。閣下の祝いの歌も終わったようなので、今度は是非、わたしも直接王妃様に御祝いの言葉を送りたいと思いまして」
「まぁ…軍事局の…」
　軍事局総参謀長。副大魔王の片腕として…そして、大魔王とも近い場所にいる存在だと言うことは、使用魔も聞いていた。大魔王の奥方の屋敷なのだから、そのくらいは当然の知識だった。
「申し訳ございません。御顔を存じ上げておりませんでしたので…ただ今、御案内致します」
　ただの従者ではなかった。副大魔王の従者として共に訪れて来たのだから、その身位に気付くべきであった。慌てて頭を下げてそんな表情を浮かべている使用魔に、ルークはにっこりと微笑む。
「最初に名乗らなかったのはわたしの方ですから、御気になさらずに。こちらも閣下の慶祝の歌が終わるまで…と名乗らなかったのがいけないのですから」
「ルーク様…」
　相手の警戒心を緩める為に、微笑みを絶やさない。ルークにしてみれば、媚を売っているようで余り好きな手段ではないが…この状況にはかなり有効だったようだ。
　すっかりルークの微笑みの虜になった使用魔は、赤くなった顔を伏せ、慌ててルークを王妃の自室へと案内する。
「奥方様。軍事局の総参謀長様が御挨拶をしたいと仰っておりますが…」
　ドアをノックしてそう声をかけると、中からドアを開けたのはデーモンだった。
「…ルーク…」
　驚いた表情を浮かべているデーモンに、にっこりと笑って見せたルーク。そして使用魔が部屋の中を覗くと、中から声が聞こえた。
「どうぞ、入っていらして」
　その声に促されるように、使用魔はドアを広く開けてルークを中へと促す。そしてデーモンもルークが通れるように身体をずらす。
「…大丈夫か…？」
　小さく囁く声に、ルークは小さく頷く。そして、部屋の中へと足を踏み入れたルークは、そのまま奥のソファーに座る王妃の前までやって来ると、跪いて頭を下げた。
「初めまして。軍事局総参謀長のルークと申します。閣下の慶祝の歌が終わるまで待っておりましたので、御挨拶が遅くなり申し訳ありません。この度は、皇太子殿下の御出産、おめでとうございます」
　視線を合わせないまま、そう言葉を続けた。その様子を、静かに…そして、息を飲んで見つめていたデーモン。ルークのその胸の内は…どれ程の嵐だろうか。
　そう思いながら…ただじっと、見つめるデーモンの眼差し。その前で、王妃はにっこりと微笑んだ。
「有難うございます。ルーク様の御噂は伺っております。デーモン閣下の御歌を聞けましただけでも素晴らしいのに、ルーク様にも御会い出来て光栄ですわ。この子の顔を…見て頂けますか？」
「………」
　ゆっくりと、顔を上げる。そして、王妃が抱いていた赤子へと、その視線が向いた。
　生まれて数日の皇太子は、まだとても小さい。けれど…その小さな身体は、既にこの魔界の運命を背負っている。
「シリウスと言います。陛下が名付けて下さいました。陛下に良く似ておりますのよ」
「…シリウス…殿下…」
　ダミアンに良く似た、透き通るような肌色の肌に、柔らかそうな綺麗な金色の髪。眠っているので目の色はわからないが…良く似ていると言うのだから、多分ダミアンと同じ、透明な蒼い眼差しなのではないかと思う。
「何れ、御世話になることと思います。その時は、宜しく御願い致しますね」
　柔らかい、王妃の声。けれど、その顔を直視することが出来なかった。
「…勿体無い御言葉です…」
　再び、頭を下げたルーク。そして何かを思うその背中が、微かに震えた。
「…王妃様。申し訳ありませんが、この後呼び出しがかかっております故…我々はこの辺で失礼致します。貴重な御時間を有難うございました」
　ルークの代わりに、デーモンはそう声をかける。その声に促されるように、ルークは立ち上がると、再び頭を下げる。
「またいらしてくださいね」
　にっこりと微笑む王妃に向け、デーモンがにっこりと微笑み、頭を下げる。そしてルークも渾身の笑みを浮かべた。
「有難うございます。それでは、失礼致します」
　踵を返し、デーモンの横を通り過ぎる。そして、廊下でじっと見つめていた使用魔にもにっこりと笑って見せると、そのまま歩みを進めた。
　後を追いかけて来るデーモンと共に玄関へと向かい、身支度を整えて無言のまま屋敷を後にする二名。
　緊張の時間は、漸く終わりを告げた。