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聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。

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がらすのゆめ 後編
こちらは、以前のHPで2003年4月20日にUPしたものです

拍手[1回]


◇◆◇

 その真夜中のこと。
 既に自分の宿舎のベッドの中で眠りについていたゼノン。その腕の中には、大切な資料を抱き締めている。当然、それが一番有効な対処法であると言わんばかりに。
 しかし、その宿舎にヒト知れず現れた"影"があった。そして、眠っているゼノンの枕元へとゆっくりと移動する。
 相手は、度重なる徹夜の疲れで、完全に寝入っているはず。"影"は息を潜めながら、その腕の中の資料にそっと手を伸ばす。
 だがしかし。その時不意に、"影"の腕がしっかりと掴まれた。当然息を飲んだ"影"。目の前には、深い眠りについているはずのゼノンの、碧色の眼差しが自分を見つめていた。
「…君なら、必ず来ると思ったよ」
 ゼノンは、"影"の腕を掴んだ力を緩めようとはしなかった。けれど、ベッドからその体を起こし、"影"と向き合う。
 闇に隠れた"影"の表情はまるでわからない。だが、予想を反したゼノンの様子に驚いたのは確かだったようだ。
 一瞬揺らめいたのは、琥珀色の眼差し。それは、ゼノンがその日最後に見た眼差しと同じ色。
----間違いない。"彼奴"だ。
 確信を得たゼノンは、息を飲んだままの"影"に向け、小さく笑う。それはいつになく、挑戦的な笑み。そして、もう片方の手で資料を"影"の前に突き出した。
「残念だけど、これは全部ダミーだよ。メモリファイルの中身は空っぽ。それで良ければ君に上げるよ。欲しければ持って帰ったら?」
 そう言い放ち、ばさりと床の上に資料を投げ出した。
「本物は、君が知らないところにちゃんと保管してあるからね。研究室を幾ら捜しても無駄だよ。君には、絶対に見つけられない」
 ゼノンがそう口にした瞬間、"影"はゼノンの腕を振り切り、二~三歩後ずさりをすると、小さな舌打ちを残し、闇に紛れるかのように姿を消した。
 "影"の気配が完全に消えると、ゼノンは大きな溜め息を吐き出す。先程までの、挑戦的な表情は消え、苦悩の表情が浮かんでいた。
 徐にベッドから立ち上がると、床に落ちた資料を拾い集める。そして暫く考えたのち、後でどやされることを覚悟で、仲魔のところへと通信を飛ばした。
 明日から任務で出かけるはずの相手は、多分、とっくに深い眠りについているはず。それを叩き起こそうと言うのだから、直ぐに繋がるはずはない。案の定、ゼノンが通信を飛ばしてから相手が姿を現したのは、十分以上も経ってから、だった。

『…んだよ』
 真夜中の通信を受けた相手は、完全に深い眠りの中にいたのだろう。当然、相手の顔は不機嫌そのもの。それでも、ゼノンには"それ"を確認せずにはいられなかった。
「御免ね。眠ってるところを叩き起こして、変なこと聞くけど…エースさぁ、今日ウチの研究室に来たっけ…?」
『…はぁ!?』
 頗る機嫌の悪い声と、怒りを浮かべ始めた表情。だが、ゼノンは相手のそんな姿にも臆することはなかった。
「だから、研究室に…」
『このクソ忙しい時に、行く訳ないだろうがっ!こっちは、明日から遠出なんだぞっ!?つまらないことで叩き起こすんじゃねぇ!!』
 怒りを露わにした相手は、一方的にまくし立てると、当然の如く通信を切断した。
 相手を失い、砂嵐に変わった通信コンピューターの画面を見つめながら、ゼノンは小さな笑いを零していた。
 だが、ゼノンにはまだやらなければいけない仕事が残っていた。
 改めて、もう一名に通信を送り、それが済むと、やっと吐息を吐き出す。
 首尾は上々。相手の出方はわかっている。見つけるべき相手は、既にゼノンの掌中にいるも同然だった。
 けれど、未だ頭から離れないのは…問いかけられた、あの言葉。
----…なぁ、ゼノン…どうして"奴"は、研究資料なんか盗んだんだろうな…?
 その言葉の意味はわかっていた。けれど、何故それが自分に投げかけられたのかがわからない。
 自分が、この研究に関わったからだろうか。調査隊に入らず、王都で研究を続けることを選んだからだろうか。
 暗闇の中、再びベッドに戻ったゼノンではあるが、頭の中を巡る思いは留まることはない。
 結局、その夜も熟睡は出来なかった。

◇◆◇

 翌日の昼近く。研究室では研究員たちが各々の研究に没頭していた。勿論、ゼノンもその中にいたのだが…コンピューターの画面を見つめつつ、何処かぼんやりとしている。
 だが、その現状を打ち破ったのは、不意に開いた入り口のドア、だった。
「…主任!お戻りになられたのですか…っ!?」
 他の研究員の声に、ゼノンはハッとしてその顔をドアへと向けた。
 そこに立っていたのは、紛れもなくこの研究室の主任。そして、"仮面師"の調査隊と一緒に、西の砦に旅立って行った上司。
「あぁ、たった今戻って来たんだ。所用があって、他の調査部員たちはまだ砦に残っているんだが、わたしだけ一足先にね」
 他の研究員たちに、にっこりと微笑む主任。紛れもないその姿に、他の研究員たちは直ぐに安堵の吐息を吐き出し、穏やかな歓迎ムードを築きつつあった。
 けれど、その中でたった一名…ゼノンだけは、ただ黙ったまま、主任の姿を見つめていた。
 そして。その場の雰囲気を断ち切るかのように、声を上げた。
「…主任。お話があります。ちょっと宜しいですか…?」
「おい、ゼノン。後で良いだろう?主任は砦から戻られたばかりでお疲れだ。少し休んでからで…」
「いいえ。今直ぐに」
 まるで、ゼノンの無礼を制するかのような研究員の声にも、ゼノンは首を横に振った。そして、真っ直ぐに自分を見つめる主任の眼差しを正面から受け止め、再び口を開いた。
「…宜しいですね?」
 一瞬、ゼノンの表情に浮かんだのは、夕べと同じ、挑戦的な微笑み。
 主任は…と言うと、暫くゼノンを見つめていたが、やがて小さな笑みを零した。
「まぁ、良いだろう」
「では、こちらに」
 他の研究員が一同呆然とする中、ゼノンは主任を促して研究室を出た。そして、連れて行ったのは、他悪魔気のない文化局の中庭。
「おい、ゼノン。何処まで行くつもりだ?」
 先を行くゼノンの背中に問いかけた主任の声。その声に、ゼノンは歩みを止めた。
「…君は…主任じゃないね?」
「…何を言っているんだ?」
 ゼノンの言葉に、主任は苦笑する。けれど、振り向いたゼノンの眼差しは真剣そのもの、だった。
「君は、気が付いていないようだけれど…重大なミスを犯したんだよ。それは、俺の前に、三度も現れたこと。悪いけど…俺はヒト一倍、真実を見抜く感覚は鋭いんだ。他の奴は騙せても…俺には通用しないよ」
 目の前の主任の笑いは、既に止まっていた。真っ直ぐにゼノンに向けた眼差しは、淡い紫。夕べ見た色とは違うものの、その強い視線は見間違えるはずなどなかった。
「昨日は"エース"で、今日は"主任"。残念ながら、真夜中の訪問の時には顔は見えなかったけれどね。多分、"エース"のままだったんだろうね。俺に向けた琥珀色の眼差しはしっかり覚えているよ。俺の警戒を解こうと思っていたんだろうけれど、そう簡単に事は進まないことも覚えておくんだね」
 すると突然、"主任"は笑いを零した。
「…どうして、わかった?あの"エース"が偽者だと」
 ゼノンの言葉が真実であると認めた言葉。その言葉を笑いで押し出した"主任"ではあるが、その眼差しは笑ってはいなかった。
「笑った、でしょう?」
 ポツリと零したゼノン。その途端、"主任"は笑うのをやめた。
「エースは、滅多なことじゃ笑わないんだよ。それは、俺の前でも同じ。ましてや、行きたくもない任務の前日に、わざわざ俺のいる研究室を訪ねて来るなんて事もない」
「…仲魔、だろう?士官学校時代からの」
「調べてはいるんだね」
 くすっと、ゼノンが笑った。
「でも、調べ足りなかったかな。確かに、士官学校の頃からエースのことは知っているよ。仲魔といえるかも知れない。でも、情けない話だけれど…今を以って、俺はエースの心を開けていない。たまには笑うこともあるけれど、多分…まだ本心じゃないと思う。エースは、簡単に他悪魔を信用しないんだ。だから、笑った"エース"を見て、違うと思った。でも、折角君の方から訪ねて来てくれたのに、偽者だから帰れ、なんて言ったら勿体ないと思ってね。話を合わせていた訳」
「……」
「ついでに言うと、夕べ君に持って行っても良いと言ったあのメモリファイルだけど…あれ、本物だから。あの忙しい時間に、ダミーを用意するなんてこと、する訳ないじゃない。持って行かれたらそれまでだと思ったんだけどね。念の為、君が帰った後、エースに確認したよ。研究室に来たか、ってね。案の定、行ってないってどやされたけどね。それに…主任にも連絡を入れた。確実に、後数日は帰って来ないよ。君はまんまと俺の罠にかかった、と言うこと」
 "主任"は、口を噤んでゼノンの話を聞いていた。相手が黙っているのを良いことに、ゼノンも言いたいことは言ってしまった。
 そして、暫しの沈黙。
 そののち、再び口を開いたのはゼノン。
「君は…西の砦にいた"仮面師の生き残り"で間違いないね?だから、調査隊の存在を知り、この研究を妨害しようとした。だから、研究資料を盗み出した。そうだね?」
「……」
 相手の沈黙は続いていた。
 あの時、問いかけられなければ…多分、ここで相手を捕らえるだけで良い。それで、全て解決することだったはず。
 けれど、一晩ゼノンの頭から離れなかった言葉は、これで終わって良いとは言っていなかった。
 小さな吐息を吐き出したゼノンは、"主任"を見つめる眼差しを僅かに伏せた。
「…ずっと…気になっていたんだ。君が…俺に言った言葉。まぁ、あの時は"エース"として言ったのかも知れないけれど…『どうして"奴"は、研究資料なんか盗んだんだろう』って言う問いかけ。その言葉をどうして俺に向けたのか、って言うことを…夕べずっと考えていたんだ。俺たちは別に、君たちをどうこうしようと言うつもりはなかった。ただ、衰退していく種族を護ろうとしただけ。その為に、残された君たちの生態を知りたいと思っただけ。君が最初に盗んだ資料で、そのことはわかっているはずだよ。でも、その後もずっと妨害しようとし続ける理由を、俺は考えていたんだ」
 ゼノンが、一晩考えた末に辿りついた答え。それは…今初めて出会う理由ではなかった。
 衰退して行く種族が選ぶ道は、一つではないと言うことを。
「…俺はね…"仮面師"が衰退して行く羽目になった理由を知った時から、君たちは生き延びたいと望んでいると思い込んでいた。でも、昨日君に問いかけられて…そうじゃなかったんだ、って思った。君が研究を阻止しようとしたのは……一族の事に手を出して欲しくなかったんだよね。そう言う思いを抱いている種族を身近に知っているのに、俺は咄嗟には思い付かなかったんだ。君に、謝らなければならないね」
----御免ね。
 ぽつりとつぶやいたゼノンの言葉。その声に、"主任"は小さな溜め息を吐き出していた。
 別に、研究者たちの責任ではない。ただ、深入りして欲しくないと言う思いだけで、研究室に入りこんで資料を盗んでしまった。それは、咎められる罪であることを知っていながら。それなのに、逆に謝られてしまっては、"主任"もどう返して良いのかわからなかったのだ。
 困惑する"主任"を前に、ゼノンは顔を上げた。そして、にっこりと微笑んだ。
 何の思惑も見せない、本心からの穏やかな微笑み。
 "主任"が何も言わないところを見ると、ゼノンの憶測は当たっていたようだ。ならば、もう何も言うことはない。
「夕べ、本物の主任には事情を説明したから。もう、君たちに深入りはしないよ。絶滅してしまうのは惜しい種族だけれど…君たちがその道を選ぶのなら仕方のないことだしね。種族を繋げてくれるなら、それに越したこともないし。とにかく、俺たちが勝手に手を出してはいけないことだものね。だから…安心して」
----じゃあ、ね。
 そう言い残すと、ゼノンはくるりと踵を返し、中庭を後にした。
 その背中を見送っていた"主任"は、思い詰めた表情で唇を噛み締めていた。
 その胸にあるのは、奇妙な重み。
 あの、一介の研究員に…どうして、問いかけてしまったのだろう?
 これで、自分たちの生活を脅かすモノもいなくなったはずなのに…誰にも邪魔されず、自分たちの行き方を貫き通せると思っていたのに。酷く、胸が痛んだのはどうしてだろう?
 大きな溜め息を吐き出した"主任"。
 その溜め息を聞いた者は、誰もいなかった。

◇◆◇

≪仮面師の特性と仮面の持つ意味≫
 仮面師の能力は、仮面を使って姿を変えると言う特性上、赤の種族の能力・青の種族の能力共を併せ持つと言う。広く浅く、使い熟すことが出来、一人前の仮面師ともなれば、その戦闘能力も平均を軽く上回ると言われている。
 仮面師は滅多に素顔を見せることはなく、仮面師が仮面を外した姿を見せるのは、信頼を置いた者のみである。
 また、仮面師が己の仮面を相手に贈ると言う行為は、相手の支配下に自分を置くと言う意味合いを持つ。つまり、仮面を贈った相手に仕えると言う、仮面師特有の暗黙の仕来りである。

◇◆◇

 それから数日後、ゼノンは"仮面師"についての研究資料を纏め終えていた。
 勿論、その結論は、これ以上彼らに関わらないこと。彼らの生態を邪魔しないこと。
 その結論を、主任が納得してくれるかどうかはわからない。けれど、ゼノンにはそれ以上踏みこむことは出来なかったのだ。
 そして、ゼノンを落ち着かなくさせたのは、もう一つ。朝、ゼノンが登庁した時に、彼のコンピューターの上に置いてあったモノ。明らかにそれは、ゼノンへと贈られたモノである。
 それは、真っ白な仮面。贈り主は…恐らく、あの時の"仮面師"だろうが…贈られた意味が良くわからなかったのだ。
 主任なら何か知っているだろうと、大きな溜め息を吐きながら、調査隊が帰り着くのを待つ。今朝入った連絡によれば、その日の夕方には王都に戻って来るはずであった。
 その時間を、沈痛な面持ちで待つゼノンの元に、不意に局の受付から呼び出しが入った。
『ゼノン研究員、受付にお客様がお待ちです』
「お客…?俺に?」
『はい。レイティス様とおっしゃる方が』
「…今行きます」
 その名前に、心当たりはなかったが…とにかく、顔を合わせてみればわかること。
 半ば無意識に仮面を持ったまま研究室を出たゼノンは、急ぎ足で局の玄関へと向かった。

 その場所に待っていたのは、恐らく彼らと同じくらいの年であろう"彼"。
 肩までのさらりとした茶色の髪に隠すように、伏せた茶色の瞳。固く結ばれた口元。紋様を持たない"彼"は、紋様を戴く悪魔が多いその場所では、必然的に目立つ存在となりつつあった。
 その時、待ち悪魔が現れた。
 受付へとやって来た悪魔は、自分を呼び出した相手を探しているようだった。
「…ゼノン様」
 つぶやくような、小さな声。けれど、相手にはそれでも届いたようだった。
 振り向いた碧色の眼差しが、真っ直ぐに自分を捕らえた。その途端、"彼"の表情は強張ってしまう。
「…君が…レイティス?」
 問いかけられ、小さく頷く。暫く"彼"を見つめていたゼノンであったが、何かを感じ取ったようである。ゆっくりと歩み寄って来て"彼"の前に立つと、小さな吐息を吐き出した。
 そして。
「向こうに…行こうか」
 ゆっくりと穏やかに、"彼"を中庭へと促す。その歩みの後ろを着いて行く"彼"の表情は、相変わらず強張っている。
 お互いに口を噤んだまま、中庭へとやって来る。数日前と同じ場所は、あの時と同じ、穏やかな日差しが降り注いでいた。
「…君が、また来るとは思わなかったよ」
 "彼"の正体を見抜いているであろうゼノンの言葉に、"彼"は小さな溜め息を吐き出していた。
 覚悟を決めてやって来たつもりであったのに…いざ、相手を目の前にすると、"彼"の表情は強張り、言葉を発することも出来ない。
 固く目を閉じてしまった"彼"を見つめながら、ゼノンは小さな笑いを零した。そして、先程から手に持っていたモノを、"彼"へと差し出す。
「これ…君の、だろう?」
「…え?」
 不意に声をかけられ、思わず目を開けた"彼"。その目の前に差し出されているのは…真っ白な仮面。それは間違いなく、"彼"がゼノンへと贈ったモノであった。
「…御免ね。俺、これを贈られた意味がちょっとわからなくて…どうして良いのか迷っていたら、君から呼び出しがあって…まぁ、実際に逢うまでは、君だとわからなかったんだけれど…レイティスって言うのは…君の、本当の名前…?」
 問いかけるゼノンの声に、暫く迷った末に、"彼"は小さく頷いた。最初に名乗ったのは自分なのだから、認めるしかない。そして、仮面を贈った理由も、伝えなければならないこと、だった。
 "仮面師"ではないゼノンには、その意味すら、わからないのだから。
 意を決した"彼"は、大きく息を吐き出すと、真っ直ぐにゼノンを見つめた。
「…"レイティス"と言うのは、"仮面師"としての…わたくしの本当の名前です。今の"顔"も、わたくしの本当の姿です。"仮面師"が、仮面を外す理由を…御存知ないですか…?」
「…"仮面師"が、仮面を外す理由…?」
 ふと、ゼノンの脳裏を過ったのは、資料室から借りた資料の中にあったはずの一節。だが、集中して見ていなかったのだろう。はっきりとした記憶として残っていないのだ。
「…えっと…御免ね、資料で読んだはずなんだけど…」
「"仮面師"が、仮面を外す時は…相手を、信頼した時のみ、です。そして、仮面を贈った相手には…忠誠を誓うと言う掟があるのです」
「…忠誠を誓う、って……っ!?」
「ゼノン様。"仮面師"には、"仮面師"のプライドがあります。仮面には、それ相応の重みがあるのです。わたくしは、"仮面師"であることを捨てる覚悟で仮面を外しました。貴方様に、お仕えする為に」
 思いがけない展開に、目を丸くするゼノン。だが、目の前にいる"彼"…"レイティス"は、真剣な表情で、ゼノンの前に跪き、頭を垂れる。
「ちょっ……待ってよ!急に、そんなこと言われても…っ」
 大慌てのゼノン。だが、レイティスの表情は変わらない。真剣そのもので、冗談ではないことは明らかである。
「と…っ…とにかく、顔を上げてっ!もう一度、きちんと話をしようよ…っ!"仮面師"であることを捨てる、って言われても…」
 ゼノンも膝を折り、レイティスの前に跪く。そしてレイティスの顔を上げようとするが、レイティスもそう簡単に顔を上げようとはしない。
「…ねぇ、レイティスってば…」
「ゼノン様が、わたくしの主であると認めてくだされば、直ぐにでも顔を上げます」
「…そう言われても…」
 困り果てたゼノンの声。すると、その背後から、くすくすと言う笑い声と共に、思いがけない言葉が投げかけられた。
「素直に、主になってやれば良いんじゃないか?」
「…っ…主任…っ!?」
 聞き慣れた声に慌てて背後を振り返ると、物陰に佇み、くすくすと笑いを零す主任の姿があった。
「お前が主になればやめると言っているんだ。主になってやれば良いじゃないか」
「…そんな…っ」
 困惑するゼノンを尻目に、主任は彼らの元まで歩み寄って来ると、跪くレイティスの前に腰を落とした。
「レイティスと言ったかな。突然のことで、ゼノンも困惑しているんだ。もう一度、きちんと話をしようじゃないか。それに、ここでは余りにも目立ち過ぎるからね。わたしの執務室へおいで。そこで、君の話を聞こう」
 穏やかな声。その口調と声に、レイティスは少しの間躊躇していたようだが、やがて顔を上げた。
「さ、おいで。ゼノンも一緒にね」
「…はい」
 素直に頷くレイティス。そして、やっと顔を上げたレイティスの姿に安堵の溜め息を吐き出したゼノン。彼の受難はまだ終わっていないのだが…取り敢えず、促されるままに、主任の執務室へと向かうことになった。

◇◆◇

 主任の執務室にやって来たゼノンとレイティス。当然、ゼノンの表情には困惑の色が浮かんでいる。
「…さて、もう一度話を纏めようか」
 いつから見ていたのか…主任は、凡その流れは知っているようだった。そして、主任の淡い紫の眼差しがゼノンを見つめた。
「お前は、何をそんなに躍起になって断ろうとしているんだ?レイティスが仕えることに、何か不満でも?」
 その、尋常ではないと思われる問いかけに、ゼノンは当然溜め息を零す。
「…断るのは、当たり前のことです。俺は、"彼"から…レイティスから、信頼されるようなことをした覚えはないんですから。俺はただ…"彼ら"が選んだ生態系を壊さないように、調査と研究を打ち切ろうと言う結論を出しただけで…それが、信頼を得ることになったとでも…?」
 状況がさっぱり読めていなかったのは、どうやらゼノンだけだったらしい。
「理屈で話そうとしても、多分きちんと理解するのは難しいんじゃないのか?」
 こちらは、レイティスの行動の意味がすっかりわかっているのだろう。困惑するゼノンの姿に、主任は小さな笑いを零していた。
 そしてレイティスはと言うと…ゼノンが困っている様子をあからさまに見せるものだから、この上なく不安そうな表情を浮かべていた。それを見兼ねたのか、主任は小さな吐息を一つ吐き出すと、ゼノンの眼差しを見つめた。
「ヒトの気持ちなんて、理屈ではないだろう?例えば、誰もわかってくれなかったことを、たった独りでもわかってくれたヒトがいたならば、嬉しく思うだろう?それと同じなのだと思うよ。ましてや、自分の素顔を明かせない"仮面師"は、我々では想像出来ないくらい孤独だと思う。そんな時に、自分の気持ちをわかってくれるヒトがいたならば…同じ想いを抱いてくれると、信じたくなるだろう?そう言うことだよ」
「……」
 口を噤むゼノン。僅かに伏せられたその眼差しは、先程までの困惑から、葛藤に変わっていたのかも知れない。
 そんな姿を、主任は目を細めて見つめながら、再び口を開く。
「…お前は…この間の夜、"仮面師"の調査を打ち切って欲しいと、わたしに言ったね?彼らの生態系を壊してはいけないと。そして、自分も同じような立場にある悪魔たちを知っているから、と。だったら尚更、お前自身が良くわかっていたはずだろう?同情されたことが嬉しかった訳じゃない。ただ、そっとしておいて欲しい。その想いをわかってくれたことが…汲んでくれたことが、嬉しかったんだと。だったら、素直に受け入れてみれば良いじゃないか。そうだろう?」
 主任の言っていることは、ゼノンにも良くわかっていた。
 けれど、冷静になって考えてみればみるほど、それはゼノンにとっての現実ではないように思えて仕方がないのだ。
 暫く躊躇った結果、ゼノンは大きく息を吐き出して、その思いを口にした。
「…でも…現実的な話、俺は…レイティスの主になったとしても、何も出来ません。まだ、一介の研究員である俺は…今は自分のことで精一杯で…多分、レイティスの想いには、何一つ応えてやることは出来ないと思います。だから…やっぱり、断ることしか出来ません」
 その途端、レイティスの表情が変わった。悲しそうな…とても、悲痛な表情に。
 勿論、ゼノンとて、好きでその結論を選んだ訳ではない。ゼノンはゼノンなりに考えた末の結論。別にレイティスが憎い訳でもないし、慕ってくれたことは嬉しくさえ思ったのだ。けれど、今の自分の甲斐性では、レイティスを幻滅させてしまうだろう。傷付けてしまうだろう。だったら、今はっきりと断っておいた方が、ゼノンの気持ちも楽だったのだ。
 だが、ゼノンのその答えを聞いた主任が出した結論は、また違っていたのだ。
「だったら…今は保留にしておいたらどうだ?いつかお前が偉くなったら…そうだね、この文化局の局長にでもなったら、その時はレイティスの想いを受け留めてやれるだろう?その時に、レイティスの主になってやれば良いんじゃないのか?勿論、その時までレイティスの気持ちが変わらなければ…の話だけれどね」
「…主任…俺が局長だなんて、そんな、夢みたいな話…」
 思いもかけない未来像に、ゼノンは呆気に取られていた。勿論、その隣にいるレイティスも…であったが。
「いや、わたしは満更出鱈目な夢を語っているのではないよ。お前が本気になりさえすれば…きっと、夢ではないよ」
 くすっと笑った主任。そして、その眼差しは、呆然としているレイティスに向いた。
「どうだい、レイティス。わたしの言葉を戯言と思うか、現実だと思うか…それは君次第だからね。無理強いはしないが…ゼノンも困っているようだし、今はその話に乗ってみないか?」
 レイティスは、真っ直ぐに主任を見つめた。
 その、淡い紫の瞳は…先の未来を、見透かしているかのようで…そして、レイティスの本心もまた、見抜かれているかのようで。
「…わたくしは…」
 ぽつりとつぶやいた声。けれど、それはきちんと、彼らに届いていた。
「…待ちます。わたくしの気持ちは、変わりませんから」
「ちょっ…レイティス…本気なの?」
 思わず目を丸くしたゼノン。けれど、レイティスの真剣な表情は変わらなかった。
「わたくしは、信じておりますから。ゼノン様が、局長になられることを。ですから、待ち続けます」
「…そう。それなら、信じ続けてごらん」
 主任は、にっこりと微笑んだ。その微笑の前で、レイティスも微かに笑ったように見えた。ただ、ゼノンだけは…何処か不安そうな表情で、その二名を見つめていた。
「では、結論は出たね。レイティスは、ゼノンが偉くなった時に、彼を主としてその下に仕える。それで良いね?まぁ、ゼノンも今すぐに偉くなれる訳ではないから、レイティスもそれまで、この文化局で働くかい?」
 再び思いがけない方向に話が進み、再び目を丸くしたゼノン。その隣で、レイティスも主任の思わぬ発言に、目を丸くしていた。
「…主任、そんな勝手に…」
 声を上げるゼノンに、主任は穏やかに笑って見せる。
「そんなに驚くことはないだろう?レイティスだって、お前が偉くなっていくところを見たいだろうしね。それに…西の砦は、残念ながら取り壊しの予定が決行する。彼が帰る場所は、何れなくなってしまうんだ。だったら、王都に残った方が良いと、わたしは思うんだが?どうだい、レイティス。勿論、君が嫌ならば無理には勧めないがね」
「…それは…"仮面師"としての仕事、と言う意味ですか…?」
 不穏げに問い掛けた、レイティスの声。それは明らかに、警戒の色を載せていた。
 "仮面師"であることを捨てる覚悟で仮面を外したレイティスであるのだから、再び"仮面師"の仕事を与えられることは、納得出来ないことでもあったのだろう。
 だが、主任はそんな言葉を一笑で流した。
「生憎だが、この文化局に、"仮面師"としての仕事はないんだ。"仮面師"の仕事が欲しいのなら、軍事局か情報局を紹介するが…わたしはね、君が"仮面師"を捨てる覚悟でゼノンに向かっていったことを知っているんだ。今更"仮面師"に戻れだなんて言わないよ。"仮面師"としてではなく…一悪魔としての君を雇うつもりだったんだよ。君のように器用な悪魔なら、十分に技量を身につけることも出来る。わたしは、君の社会復帰の為にも勧めたつもりなんだよ。だからそんなに警戒しなくても良いんだよ。君がその気なら、わたしが上手く段取りをつけてあげるから」
「…主任様…」
 何処までも、レイティスのことを思っての言葉。そんな些細な気遣いが、とても嬉しくて。
「種族を護ると言うことは…ただ、生命を護ってやるだけじゃない。その種族が生き延びていける環境を作ることだろう?わたしはゼノンの申し出通り、"仮面師"の研究は打ちきることに決めている。けれどそれは、見捨てると言うことではない。生きる為の選択肢を増やしてやることだと思っているんだ。だから、君も例外じゃない。君がこれから生きて行く為の選択肢として、ここで働くと言う道があることも教えてあげようと思ってね」
 にっこりと微笑む主任の姿に、ゼノンもそれ以上何を問うことも出来なかった。
 この主任は、最初からわかっていたのかも知れない。
 "仮面師"を救う為に必要な"選択肢"を。
 ゼノンが自分の隣へと視線を移すと、そこには唇を噛み締めて、何かを思い悩んでいるレイティスがいた。
 "彼"もまた、予想外の展開に驚いたことだろう。けれど、今自分の前に開かれようとしている運命の扉の前で、一歩を踏み出す勇気を探しているのだ。
 大きく、吐息を吐き出したゼノン。ゼノンもまた、運命の決断をすることを決めた。
「…おいでよ。文化局に」
「…ゼノン様…」
 ゼノンを見つめ、息を飲んだレイティス。そんな彼に、ゼノンはにっこりと微笑んで見せた。
「主任の言うことは、尤もなことだと思うよ。だって…俺が、誰よりも信頼している主任だもの。俺の未来は…決して、順調じゃないかも知れないけれど…それでも見届ける覚悟があるのなら、俺もきちんと考えるから。だから…」
----ここへ、おいで。
 それが、レイティスにとっての決定打、だった。
「…はい。宜しくお願い致します」
 涙で潤んだ瞳で、にっこりと微笑んだレイティス。その姿を見つめるゼノンも、主任も、勿論満面の笑みであった。

◇◆◇
 それから数日後、文化局の監査室を訪れた主任の姿があった。
「どうだい?少しは慣れた?」
 声をかけた先には、つい先日入局したばかりの"彼"の姿。
「はい。おかげさまで」
 にっこりと微笑む"彼"は、もう"仮面師・レイティス"ではなかった。
 "仮面師"であることを捨てた"彼"に与えられたのは、"レプリカ"と言う新しい名前。それは、何れ主となるであろうゼノンが送った名前だった。そして、主任から紹介されたのが、この監査室での職務だったのだ。
「良い笑顔だよ」
 くすっと、主任が笑った。晴々としたレプリカの笑顔は、"仮面師"としての一つの枷が外れたおかげかも知れなかった。
「…一つ…お聞きしても良いですか…?」
「何だい?」
 不意に問いかけられ、主任は問い返す。
「…どうして…ゼノン様を説得してくださったのですか?わたくしの勝手な言い分でしかなかったはずですのに…」
 それが、前日の主云々のことあると理解した主任は、小さく笑って見せた。そして、レプリカの耳元で小さく囁いた。
「君がゼノンに惚れてしまったのなら、協力してやろうと思っただけだよ。ゼノンはあれでなかなか良い男だからね」
「…主任…っ」
 真っ赤になるレプリカ。けれど、その表情は怒っている訳でもない。恥ずかしそうに頬を赤らめる初心な姿を、主任は目を細めて見つめた。
「君の想いが、何処までゼノンに伝わるかはわからないが…その想いは、大切にするんだよ」
 その眼差しは、とても優しい。まるで、子供を見護る親の眼差し。それが、とても心強く感じた。
「…はい」
 微笑と共に、応えた言葉。主任は、その言葉を満足そうに聞いていた。

◇◆◇

 そして、それから幾度も季節が巡り…その無謀な夢は、現実となった。
 "彼"が抱いた透明な想いは、いつまでも変わらない。例えそれを、相手が恋愛感情として捕らえてくれなくても。それでも…主を想う気持ちは、いつまでも。
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プロフィール
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如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
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がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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