聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。
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覚醒 ~side X~1
出会いは…最悪、だったと思う。
ダイレクト過ぎる接触。そして、無茶な要求。
はっきり言って、受け入れるつもりなど全くなかった。
それが、抵抗出来ないことだとしても。
そいつは、突然俺の夢の中に出て来た。
《初めまして。俺は"ゼノン"。地獄文化局の局長をやってるんだけど…》
「…は?地獄文化局の局長…?」
突然そう言い放ったのは、"悪魔"だと言う男。
薄茶の長い髪の毛の中に二本の角を持ち、白い顔に赤い紋様を頂いた"鬼"、だった。
怖そうな姿の割りに、口調は穏やかで…物腰は柔らかかった。
「……ちょっと…状況がわからないんだけど…?」
周りを見渡しても何もない空間が広がるだけ。そこに、俺と、こいつと、二人きり。
そこに突然の自己紹介と来た。
《えっと…石川、だよね?》
「…そうだけど?」
問いかけられたので、そうだと答える。すると。
《…本当は、もっと手順を踏むんだけど…ちょっと、のんびりしていられない状況なモンでね…単刀直入に言うけど…お前は、悪魔の媒体になる運命だから》
「……はい?」
何だろう、この唐突な展開…。
「…どう言う事?俺が悪魔の媒体って。俺は、人間だけど…?」
《うん、そうだね。"今までは"、ね。これからは、悪魔の媒体として生きて貰う。つまり、俺がお前の身体を利用させて貰うってこと。勿論、お前の命を奪うようなことはしない。ただ、俺たちが活動する間だけ、使わせて貰う、ってこと》
「…そんな都合の良い話、すんなり通ると思う…?俺の意思も無視した、そんな身勝手な話…っ」
そんなこと急に言われて、誰が素直に応じるよ。
だからこそ、言い返したのだけれど…俺を見つめる碧色の眼差しは…冷たく、真っ直ぐだった。
《そうだよね。ごめんね。でも、そうなる運命なんだよ。だから、そこからは逃れられないんだ。俺も…お前も》
「………」
顔も、口調も、穏やかだけれど…その眼差しだけは違う。多分…何かの事情に追われているんだろう。
でもだからって、自分の運命を簡単に差し出す訳にも行かない訳で。
「何で俺なの?人間なんて、大勢いるのに。どうして俺なのさ?」
問いかけた声に、"彼奴"は少し間を置いてから口を開いた。
《…誰でも良い、って訳じゃないんだ。お前が俺の媒体になることは、生まれた時から決まっていたことなんだ。だから、お前が駄目だから、じゃあ次…って他の人を見つける訳にはいかないんだ》
「生まれた時から、って…じゃあ、どうして今なの?」
《期を熟す、って言うの?何にでも、タイミングってものがあってね…》
「…活動って、何をする訳?」
矢継ぎ早に問いかけた声に、今度は小さな溜め息が零れる。
《…簡単に言えば、地球征服。俺たちは、人類滅亡の布石を撒きに来た》
「…は?人類滅亡の布石?なのに、俺の命を奪うことはしないって、話が矛盾してない?」
《今すぐに、人類を滅亡させる訳じゃない。その為の準備をしに来たんだ。人類滅亡がいつになるかは、俺たちにもわからない。ただ…今のままの状態では、地球そのものが駄目になってしまう。俺たちは、地球を助ける為に、人類を滅亡させる》
「…あんたたちは、地球には住んでないの?」
《まぁね。世界そのものが別物だから。異世界から来てると思って》
「…ふぅん……そう。別世界だから、壊しても良いって?……俺は納得は出来ないけど」
《石川…》
「当たり前でしょ?俺は、この世界に住んでいるの。あんたたちが何を思って地球を救おうとしてるか、人類を滅亡させようとしてるか知らないけど、俺には関係ない。俺は、今、この世界で生きているの。それなのに、何で悪魔の手先にならなきゃいけないんだよ」
至極当然の返答だと思う。誰が喜んで悪魔の言いなりになるか…っ。
《…言いたいことはわかる。でも、こっちとしてもどうにも出来ない訳》
どうやら、お互いに平行線のようだ。
溜め息を一つ、吐き出す。
「…俺を説得するのは、まだ無理だと思わない…?」
そう問いかけると、彼奴も溜め息を一つ。
《…そうだね。また会いに来るよ》
そうつぶやいて、踵を返した後姿。
その背中は…多分、俺に似ている。
色んなものを背負って…気を張って…そして、重さに耐え切れずに、ちょっと背中が丸い。
この悪魔は…何を思って、焦っているのだろう…?
それは、俺の中に芽生えた、小さな興味。けれど…その為に、自分の運命を明け渡すのは…まだ、覚悟はつかない。
それが、避けられないのだとしても。
「…最後まで抵抗してやるからな…」
小さくつぶやいた声は、多分…彼奴には聞こえているはず。けれど、振り向くことなく、彼奴は姿を消した。
そして俺も…夢から現実へと、引き戻された。
その日、朝も早くから俺のウチに一本の電話がかかって来た。
「…はい?」
『あ、石川?俺俺、浜田』
「あぁ、浜田さん。お久し振りです」
その電話は、バンドを通して知り合った、浜田と言う人。
「どうしたんですか?」
久し振りの声にそう問いかけると、浜田さんはくすくすと笑っていた。
『いやぁ、お前に紹介したい人がいるんだけどね?これがべらぼうに可愛いヤツでさぁ~。お前の"音"に一目惚れしたらしいんだ~』
「…"音"に一目惚れ、って…可笑しくないですか?」
可笑しいだろ…。
でも、浜田さんの声はご機嫌だった。
『それでな、お前の"音"を存分に聞かせてやりたいんだ。で、相談なんだけど…身体空いてる?』
「…聞き方がヤラシイんですけど…」
そう返しながら、一応予定を確認してみる。
「あぁ…来月なら空いてますけど…」
『ホント?じゃあ、予定に入れといて。メンバー集まったら連絡するから』
「はぁ…」
『じゃあ!』
慌しく電話が切られた。で、切られてからふと思ったこと。
「…べらぼうに可愛いヤツって…男、女、どっちだ…??」
一目惚れだけなら、女の子の可能性が非常に高いけど…"音"に一目惚れ、ってのが引っかかる…
「…まぁ、いっか…別に付き合う訳じゃなし…」
ポリポリと頭を掻きながら、大きな欠伸を零す。
さて…また忙しくなりそうだ…。
浜田さんの怒涛の電話から一週間程経った頃、再び浜田さんから連絡が来た。
メンバーが決まったから、練習日を設けたい、との話だった。
その電話の終わり際。
「あ、そうだ。浜田さん、紹介したいヤツって、男ですか?…女の子ですか?」
思わず問いかけた声に、浜田さんは一瞬の間の後、くすくすと笑った。
『あれ?言わなかったっけか?』
「聞いてませんよ…」
『そうか~。"湯沢"って言うんだけどね~。可愛い後輩だよ~。男だけど』
「…やっぱり…」
『まぁ、頑張れ~。じゃな~』
そう言って電話は切れた訳だけど…やっぱり男だったか。
「…頑張れ、って…何を頑張るんだか…」
溜め息を一つ。でも、"音"に惚れられたのなら、やりがいはある…かな?
「…ま、頑張るか…」
やりきってやろうじゃないの。
当然…その出会いが、俺の人生をどう変えるかなんて、この時点では知る由もない。
"彼奴"は…と言うと…一週間置きぐらいで俺の夢の中に出て来る、と言うことを繰り返していた。
焦れば焦る程、プレゼン能力が低下する、と言うか…
「…もうちょっと、考えて話したら?」
思わずそう口にすると、大きな溜め息が一つ返って来る。
幾度となく、それを繰り返すので…俺は、思わず問いかけてしまった。
「…何でさ、そんなに焦ってるの?これなら、最初から手順ってのを踏めば良かったんじゃないの?」
《…そうかもね…》
その表情は、酷く沈んでいる。
いつになく、落ち込んでいるその姿に…つい、仏心を出してしまった…
「手順も踏まない程…あんたが焦る理由って何なの…?」
問いかけた俺の声に、"彼奴"の表情は更に暗くなる。
「…俺に言えない事?これから媒体にしようってのに、隠し事する訳?」
《…石川…》
気弱なその碧の眼差しに、俺は溜め息を一つ。
「…俺だってさ…意地悪してる訳じゃない。これでも、自分の身は自分で守るつもりで必死なんだ。あんたが俺を口説こうってなら、それなりの"誠意"を見せて貰わなきゃ割に合わない。そうだろ?」
すると、"彼奴"も暫く口を噤んで何かを考えていたようだったが…やがてゆっくりと口を開いた。
《俺は…お前を護るよ。媒体として、お前が辛くないように…精一杯護るつもりでいる。でも…俺にはもう一人、大事な人がいるんだ。その人は…必ず、俺を見つけてくれるって約束した。でも…どうしてもその人が心配で…せめて傍で見守っていようと思ってた。勿論、見つけて貰うまでは覚醒は出来ないんだけど…前以ってわかっていれば、お前だって心の準備が出来るでしょう?だから、急ぎたかったんだ…》
「…その人は、あんたの恋悪魔?」
《…一応ね。彼奴が魔界を離れる直前に、やっとお互いの気持ちが同じ方向を向いたばかりだったんだ。でもだからって、それにお前を巻き込むつもりはないよ。彼奴の媒体が誰なのか、俺にはまだわからない。俺と彼奴が恋悪魔だからって、お前がその媒体を好きになる必要はない訳だから》
「…でも、結局巻き込まれるんじゃないの?だって、媒体がいなかったら、現実触れ合うことも出来ない訳でしょ?それはどうするつもりだったの?」
現実問題…プラトニックだけでは苦しいのではないか?
でも、"彼奴"は当然のように言葉を返した。
《何もしないよ。俺は、お前を護らなければならないから。多分、それは彼奴もわかってるよ。お前たちに、「媒体になんかならなければ良かった」なんて思わせちゃいけない。媒体として選ばれた以上、俺たちがやらなければならないのは、精一杯の想いで媒体を護ることだから》
「………」
それって…ある意味、愛の告白のようなもので…ちょっとキュンと来たりもするのだが……でも…それだけで済ませられる話でもないと思う。
「…俺と、恋悪魔…どっちが一番?なんて無粋なことは聞かないけどさ…ホントに…そんな関係が続けられると思う…?」
思わず問いかけてしまったのは…嫉妬心、だったのかも知れない…
でも、"彼奴"の答えは真っ直ぐだった。
《続けられる自信はあるよ。俺たちは、それぞれに覚悟を背負って来ているから。俺たちにとって、地球にいる時間は、今まで生きて来た時間よりもずっと短い。でも、お前たちにとっては、大切な時間だもの。だからこそ、お前たち媒体にとって、幸せでいて貰いたい。媒体で良かった、って…思って貰いたい》
「…成程ね…」
少しは納得した。
例え、悪魔と人間の時間の流れが違うとは言え…俺が俺でいる時間は変わらない。
それを大切にしてくれるのなら…
《俺を…信じて。絶対、不幸だったとは思わせないから》
ここに来て…完璧な口説き文句。まさか俺自身も……落ちるとは思わなかった。
「…一つ…言っておく。俺は、お前には頼らない。自分のことは自分で決めるし、やりたいことはやる。それでも俺を護れるって言うのなら…ちょっとは考えてやっても良いよ」
《…石川…》
ちょっと驚いたような顔。まぁ…俺自身も、口説き落とされるとは思っていなかったから、自分でも意外なんだけど。
「でも、あんたの恋悪魔があんたを見つけない限り、覚醒は出来ないんでしょ?あんたの恋悪魔の媒体に心当たりでもあるの?それとも、まるっきりわからないところで捜し出すの?日本人とも限らないのに…?」
照れ臭さを隠すように続けた言葉に、"彼奴"の表情もいつもの冷静さを持った表情に戻って来た。
《多分…日本人だと思う。"ダミアン様"の話だと、媒体は"ダミアン様"の近くに集まって来るらしいから…多分、もう近くには来ているんだと思う。ただ、それを見つけられるかって言うと…また話は変わって来るから…》
「…"ダミアン様"って…誰?」
初めて聞く名前が出て来た…
《"ダミアン様"って言うのは、地獄の皇太子殿下で…"ダミアン様"からの召集があって、俺たちはここに来たんだ》
「じゃあ、諸悪の根源は全てその皇太子殿下、ってこと?」
《そういう言い方をされると元も子もないんだけど…》
そう言って"彼奴"は咳払いを一つ。
《"ダミアン様"にとって…この地球と言う惑星は、特別なものらしい。だからこそ、この惑星を救いたいと。その為に、魔界の有力者たちを招集したって訳》
「有力者って…あんた以外に他にどんなヤツがいるの…?」
《…皇太子殿下を筆頭に、副大魔王閣下と、情報局長官と………》
と、"彼奴"は指折り数えていく。何だか小難しい役職が一杯出てきたが…一つ間をおいて、最後に言った言葉。
《…あと、雷神界の皇太子殿下…》
「……そいつが、あんたの恋悪魔…?」
これは、山勘。でも、図星だったみたい。白い顔がうっすらと頬を染めたのがわかった。
「…雷神界って、あんたたちのいる魔界…だっけ?そこと、別世界じゃないの?どう言う繋がりがあって、そいつがあんたの恋悪魔になって、今回召集されてる訳?」
《"ライデン"は、魔界に修行に来てるんだ。だから、その一環で…》
「"ライデン"、って言うんだ。あんたの恋悪魔」
《………》
「…今更、俺の前で照れるのやめてくれる…?」
《…ごめん…》
…ってか、ホントに"こいつ"は見切り発車で俺に接触して来たんだな…と改めて思う…。今更になって、初めて聞くことがこんなに沢山あったなんて。
でも…それは敢えて言わなかったのか…それとも、俺が拒絶し過ぎて言えなかったのか…
俺も…ちょっと反省。
「まぁ…ゆっくり話聞かせてよ。あんたが自力で覚醒できないのなら、まだ時間はありそうだし…」
色々複雑そうだけど…まぁ、"こいつ"自体、ちょっと面白そうかも…と言う興味が大きくなって来たのは事実だし…ちょっとぐらい、妥協しても良いかな…とね。
そんな俺の言葉に、"彼奴"は真っ直ぐ俺を見つめた。
あの…碧色の、真っ直ぐな眼差しで。
《……有難う》
「…悪魔に感謝される、ってのもね…」
思わず苦笑すると、"彼奴"も小さく笑った。
《悪魔だって、感謝ぐらいするよ。無意味に、誰彼構わず傷つける訳じゃない。寧ろ俺は…そう言うのはあんまり趣味じゃないし…》
「へぇ…」
多分俺たちは…悪魔、って言葉一つに大きな偏見を持っていたんだろう。
今目の前にいる、見た目はちょっと怖そうだけど気の良い悪魔を見ていると、そんな気がして来た。
…逃れられない運命なら…まぁ…
「まぁ…ゆっくり行こう。な、"ゼノン"」
《……初めて、名前で呼んでくれたね。有難う》
にっこりと微笑まれたら…俺も照れるじゃないか…。
とにかく…俺は、"こいつ"…"ゼノン"と、少し距離を縮めたのだった。
浜田さんに誘われたライブの本番の日。
俺は、駅で浜田さんと待ち合わせをして、ライブハウスに向かっていた。
「湯沢はライブが始まる頃に来るはずだから、終わったら紹介するよ」
「…はぁ…」
紹介されるのを楽しみにしている訳じゃないんだけどね…まぁ、俺も折角だからって、この日の為にちょっと頑張った訳だし…楽しもうかな。
ライブハウスの前までやって来ると、入り口の前で何やら座り込んでいる姿が二つ…。
「…何やってんだ?彼奴ら…」
俺の前を歩く浜田さんは、小さく首を傾げている。
一人は、俺も知ってる。清水さんだ。
で、もう一人…見たこともない、清水さんより小柄なヤツ。
「…公道で何やってんの?」
先に歩み寄った浜田さんが、しゃがみ込んだ二人の上からそう声をかける。
「浜田さん~。湯沢いじめちゃ駄目ですよ」
先に立ち上がったのは清水さん。その声に、浜田さんはちょっと笑っている…
「俺~?別にいじめてないけど?」
「湯沢、浜田さんに弄ばれたって、泣いてますよ?」
清水さんの視線の先…未だしゃがんだままだったもう一人が、慌てて立ち上がった。
「泣いてないです…っ」
…何をどうしたのかは知らないけど、可愛そうに…と思いつつ、そんな悪い人ではないから、多分からかったんだろう。で、そこに乗ってしまった、という感じかな。
「何だよ~。折角紹介してやろうと思ったのに」
笑いながら、浜田さんは俺を引っ張って、彼の前へと連れ出した。
清水さんといる時が小柄だと思ったけど、立ち上がると俺と同じくらいの身長。細身で…でも良く見ると、筋肉質で。
その涙ぐんだ表情が、俺を見た瞬間ぱっと赤くなった。
「初めまして。石川です。君が湯沢くん?」
にっこりと微笑む。小動物的な感じで…確かにちょっと可愛い…まぁ、べらぼうに、かどうかはわからないけど…。
「…初め…まして…」
俺が差し出した手を、彼…湯沢くんは、そっと握った。
緊張しているのか…ちょっと汗ばんでる。
と思った瞬間、涙ぐんでいた瞳から急に涙が溢れた。
「…湯沢くん…?」
「…あ…ごめん……」
慌てて手を離して、涙を拭う。
「ちょっと、緊張して…もう大丈夫だから」
「…そう?」
俺は、緊張して泣いたことはないけど…そんな人もいるんだ、って初めて思った。
多分…俺が今まで出会ったことがないくらい、純粋な人。
「泣かすなよ~」
くすくすと笑いながら、浜田さんは俺を小突いたんだけど…ってか、俺何もしてないし…っ。
「そんなんじゃないですから…っ」
真っ赤になって否定する湯沢くん。そりゃそうだ。今初めて会ったってのに…。
「さ、時間時間。じゃあ、湯沢は客席で見ててね。また終わってから」
浜田先輩の声に、俺も清水さんも腕時計に目を落とした。
「あぁ、ホントだ。じゃ、また後で」
「はい…」
名残惜しそうな視線を背中に受け、俺はライブハウスの中へと向かった訳だけれど…この些細な出会いが、俺の運命左右するだなんて…想像もしていなかった。
それからと言うもの、俺は湯沢くんと連絡を取り合う仲になっていた。
話を聞いてみれば湯沢くんはドラマーで、なかなかパワフルな音の持ち主だった。
一緒にいて俺も楽しかったし、湯沢くんもそうであると思っていたんだけど…その気配がある日を境に代わって来たような気がした。
それは…湯沢くんが、バンドの練習中に倒れたその日。
ちょうどその日は俺も一緒にいて、体調が悪そうだな…と思っていたんだけど…まさか倒れるとは思わなかった。
付き添いで医務室へ行き、貧血だと聞いた。で、栄養補給の買出しに出かけた清水さんを待ちながら医務室で待機していたのだけれど…まぁ、やることも何もない。
なので、ベッドで眠る湯沢くんの顔をぼんやりと眺めていると、その手がそっと動き、何かを探しているみたいだった。
興味本位で、その手をそっと握ってみる。
夢でも見ているんだろうか…?倒れたにしては、穏やかな…そして、時折幸せそうに笑う。
そして。
「…愛してるよ…」
囁くような、甘い言葉。それが湯沢くんの唇から零れた。
「……恋人の夢でも見てるのかな…?」
普段の湯沢くんからはちょっと想像つかなかったけど…まぁ、恋人がいても不思議ではないけど…そんな話、一言も聞いたことはなかった訳で…。
奇妙な感覚。胸の奥の方が…ちょっともやもやしてる感じとでも言おうか…。
湯沢くんが、こんなに甘く愛を囁く相手は、どんな子なんだろう。
手なんか…握らなければ良かった…。
ちょっとした後悔に溜め息を吐き出しつつ、俺はそっと手を離す。すると、その表情が急に変わった。
「…いってぇ…」
目蓋が動き始めたから…目覚めたのかも。
「湯沢くん、気がついた?大丈夫?」
声をかけると、湯沢くんは目を開けた。
俺は、甲斐甲斐しく看病していた…振りをした。自分でも、何をやっているんだろうと思う。でも…どう言う訳か、いつものようにのんびりとした気分ではない。それだけはわかった。
湯沢くんに申し訳ないと思いつつ、心ここにあらず…の会話を続けていると、買出しに行っていた清水さんが帰って来た。
「…俺に買出しさせといて、何いちゃついてんの…?」
半開きのドアの隙間から、そんな言葉を向けられた。
それも…奇妙な感覚。
----何だろう…凄く…居心地が悪い…
湯沢くんは何も感じていないんだろう。清水さんに対して、いつもと変わらない対応。
でも俺は…正直、一時も早く、この場からいなくなりたかった。
別に、清水さんが苦手な訳でもないし、この雰囲気が苦手な訳でもない。けれど、今日は…どうしても駄目だ。
酷く、気分が…悪い。
俺がそんなことを考えている間に、湯沢くんは清水さんの買って来たご飯を食べ始めていた。
そして、清水さんの視線が俺に向けられる。
奇妙な感覚から解き放つかのような…柔らかな眼差し。
「石川、悪かったな。遅くまで残らせて。湯沢は俺が送って行くから、帰って良いよ」
「…そう?じゃあ…お言葉に甘えて…」
俺はそそくさと立ち上がると、ちょっと無理して顔を作った。
「じゃあ、湯沢くん、お大事にね。また連絡するから」
「…うん…有難うね」
俺はにっこり笑って、湯沢くんの頭をぐりぐりと撫で、踵を返した。
廊下に出て、後ろ手にドアを閉めると、大きく深呼吸をする。
一体…どうしたって言うんだろう…?
訳もわからず、足早に玄関へと向かう。
途中、誰にも会わなかった。もう時間も遅いし、それが当たり前なのかも知れないけど…それすら、奇妙な感覚だった。
そして、外へと出ると…そこには、浜田さんが立っていた。
「おう、石川。お疲れ~。悪かったな、足止めして」
「…いえ…大丈夫です…」
どうしてここに浜田さんが待っていたのか、わからない。
「…顔色悪いな。大丈夫か?」
「平気ですよ。じゃあ、俺はこれで…」
ろくに目も合わせず、浜田さんの隣をすり抜けて歩く。
「…石川」
「…はい?」
すれ違った瞬間、呼び止められた。思わず振り返った俺は、浜田さんの眼差しと真っ直ぐ向き合う。
何かを見透かすような…そんな眼差し。
浜田さんは、こんな目をしていたっけ?と、思わず思ってしまうような…ぞくっとする視線。
暫しの沈黙。その後、浜田さんはにっこりと微笑んだ。
「気をつけて帰れよ。また連絡するから」
「…はぁ…」
良くわからないけど…開放されたらしい。
軽く頭を下げると、俺はそのままその場を立ち去る。
その背中に、暫く視線を感じたけど…振り返りはしなかった。
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プロフィール
HN:
如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
性別:
非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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筋金入りのオジコンです…(^^;
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