聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。
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野獣
それは、一時の幻だったのだろうか。
黒い翼に映える、金色の髪。短く刈られたその髪の後ろで、額に締めたタイの端が揺れていた。
その顔に戴く紋様は、青。
彼の武器は、細身の剣一つ。幾つもの修羅場を潜り抜けて来た証は、その腕に刻まれた傷の数。
彼は、軍事局の次期参謀とも、謳われていた。
軍事局の廊下で、彼は同僚である悪魔に出逢った。
「御早う、ルーク」
「あぁ、御早う」
形式的な挨拶を交わし、彼の前を通り過ぎる姿こそ、現軍事参謀の秘蔵魔、ルークだった。
彼は、通り過ぎたルークの背を見送る。
すらりとしたその肩口に揺れる髪は、ウエーブのかかった漆黒。その背中には、隠された真白な翼がある。
戦いの最中に垣間見た真白き翼に、彼も、引きつけられた一名であった。
初めて見たのは、彼がまだ士官学校にいた時。
研修…と言うよりは、実習と言った方が正確であろうが、とにかく訓練として参加した戦で、彼は初めてルークに逢った。
その時に初めて神の産物を見た。
黒を纏いながらも、神の産物をも纏っていたルークは、まさに注目の的であった。その華麗な身の熟しから、剣技まで、溜め息で見送る者も少なくはなかった。
研修後の選択で、凡その者は情報局と軍事局を希望する。
情報局には、やはり華麗な身の熟しと剣技、そして冷たい美しさを兼ね備えていると噂の悪魔に、その人気は高かった。
だが彼は、当然の如く軍事局を希望した。
真白を纏う悪魔が、脳裏に焼きついて離れない。
あの悪魔と共に、戦場に立てたら。それが、彼の望みである。
それ程までに、彼は真白き翼の悪魔に魅せられていた。
彼はその実力により、瞬く間に昇格し、憧れていた真白き翼の悪魔と共に戦線に立てる御位を手にした。
しかし。
いつから、その憧れが切ない想いに変わったのだろう。その想いが引き起こした、哀しい悲劇。
軍事局の別館の地下に、魔封じの牢がある。その牢に捕らわれた悪魔。
別に、罪を犯した訳ではない。
しかしながら、魔力を封じ、捕らえておかなければならない状況であることが事実なだけに、それを咎めることが出来ない。
短く刈られていた髪は既に腰まで伸び、その時間の流れを感じさせていた。
石畳を歩くブーツの音が、一際大きく響く。
面会と言う名目で来たこの悪魔の右腕には白い包帯が目立ち、首から吊された布によって支えられている。
その黒曜石が、切なげに牢に捕らわれている悪魔に注がれる。
「…時雨(しぐれ)…」
その声に導かれるように、捕らわれの悪魔…時雨は、その眼差しを声の主に向けた。
灰色の瞳は、ぼんやりとした眼差しを彼に向けている。
「…ルーク…」
掠れる声を紡ぐ唇。
一瞬かち合った眼差しは、とても穏やかだった。しかし、その直後にその眼差しは一転し、時雨は壁に繋がれた両手の械を、引きちぎらんばかりの力と共に、奇声を上げた。
「時雨っ」
左手で牢の鉄格子を掴み、ルークは声を上げる。
だが、時雨から返って来るのは、獣の眼差しと奇声。そして、時折零れる唸り声。
「…殺す…ルーク……殺すっ!」
「…時雨…」
最早、尋常ではなかった。
いつからこうなってしまったのだろう。
ルークはいたたまれなくなり、眼差しを伏せる。
腕の傷が、時雨の唸り声で疼く。
しかし、今のルークにはどうすることも出来なかった。
局に戻って来たルークは、上司であり、副大魔王付きの軍事参謀であるマラフィアの執務室へ呼ばれた。
「ルークです」
軽くノックをすると、声が返って来る。
「どうぞ」
内側からの声に促されるままに入室したルークに、マラフィアは当然の如く問いかけた。
「時雨の所に…行っていたそうだな?奴には近付くなと言ったはずだったが?」
「しかし…仲魔を、見捨てることは出来ません」
真っ直にマラフィアを見つめる黒曜石に、マラフィアは溜め息を一つ。
「君の気持ちは、良くわかっているつもりだよ。だが、今の時雨は、君の知っている時雨ではないこともわかっている。君を傷付けたことが、何よりの証だろう?」
「それは…」
ルークは右腕を庇うかのように、僅かにマラフィアの視線から外した。
先日、同様に時雨に面会に行ったルークは、獣と化した時雨に襲われ、その右腕を負傷したのである。
かつての仲魔であったが故に、ルークの胸の痛みは消えるどころか、悪化する一方で。
己に何もする手段がないとわかっていても、様子を見に行くしかないのだから。
ルークのそんな想いを察してか、マラフィアは一息吐いて、話し始めた。
「…文化局に、有能な博士がいることは知っているな?」
「えぇ。博士号の他に、医師免許と画伯の名もいただいているとか…」
「あぁ、その通りだよ。その彼からの診断が出たのでね、君を呼んだ訳だ」
「それで…診断の結果は…」
「ウイルス性の病症らしいが…前例がないので、詳しく調べてみないとはっきりはしないそうだ。だが…治る見込みは薄いらしいと言うことだけははっきりしている」
「……」
その言葉に、ルークは口を噤んだ。
治る見込みのない病は、悪化して行くだけである。それがウイルス性のモノならは尚更…病に犯された躰は、病状を留めておくことすら出来ない。
故に、ルークには時雨が蝕まれていくのを、ただ見ていることしか出来ないのだ。
胸の痛みは、留めることが出来なかった。
噛み締めた唇が、その苦痛を表していた。
時雨がその病状を示し始めたのは、およそ二年程前のことになるだろうか。
長期間の任務に出ていた時雨が戻って来たのは、任務が終了したからではなかった。
任務地で倒れ、意識の戻らないまま、王都へ送還されたのである。数日後に意識は戻ったが、その時既に、時雨はウイルスに犯されていた。
透き通った灰色の眼差しは濁り、時折獣の眼差しを浮かべるようになった。時折零す溜め息は、唸り声に聞こえる。
やがて病状は発作を伴い、発作が起きて意識のない間、何が起こるか時雨にはわからなかった。
それは、まさに野獣であった。
けれど、誰もが治ると信じて疑わなかった。
ルークも…そして、時雨自身も。
幾度目かの発作により、送還されて来た時雨は、ベッドの上で目覚めた。
「…大丈夫か?時雨」
「…ルーク…」
己の傍らに、心配そうに見つめる仲魔がいる。
「…また…あの発作か…」
片手で顔を被い、時雨はつぶやいた。
「気分は?」
「あぁ…何とも…」
「そう…」
時雨の声に答えたルークの表情は、いつもに比べれば断然不快である。
「…どうかしたのか?ルーク」
そう、問いかけてみる。
「いや…」
不明瞭な答えが、ルークの内なる不安を覗かせているようで。
「いつも、そうだな…」
不意に言葉を紡ぎ始めた時雨に、ルークは視線を向ける。
「いつも…発作が起きて、気が付くとベッドの上だ。その間…俺が何をしているのか、みんな知ってるんだろう?知ってて…黙ってるんだろう?」
「……」
「…御前も…怯えているのか?」
「時雨…」
問いかけられ、目を見張る。
「そんなんじゃないっ」
「じゃあどうして…黙っているんだ?そんなに、俺が恐いか?」
そう問いかけた時雨の眼差しは、とても寂しそうだった。
口を噤んだままのルークに、時雨は再び言葉を続ける。
「…時折…酷く苦しくなる。俺の胸の内を見透かしたように、何かが囁くんだ…このままじゃ、俺は…自分が留められない。どうしようもないくらい…切ないよ、ルーク…」
「…何も…覚えてないんだね…」
「ルーク?」
時雨の灰色の瞳に映るルークの黒曜石は、哀しく潤んでいる。
「もう…手遅れかも知れないって、マラフィア殿が…」
「どう言う…」
「御前は、仲魔を殺したんだよ。戦線に立ったまま、発作に襲われて…野獣と化して…っ!信じたくなかったけど…事実なんだ…」
黒曜石から溢れ出た涙は、その頬を伝う。
「御免ね、時雨…俺だけは、反対したんだけど…どうしても駄目だって…」
頬に伝い落ちる涙を手の甲で拭い、ルークはその毅然とした眼差しを時雨に送った。
「御前を、魔封じの牢に幽閉することが決まったよ」
「…そう…か」
ルークからそう告げられても、時雨は驚きもしなかった。
むしろ、安堵の表情を浮かべて。
「…いつか…そうなるんじゃないかと思ってたよ。もし、俺がこのまま病に犯されて行くとしたら…俺はきっと、御前を殺しちまう。御前への想いが…俺をそうさせるだろう。ならば…幽閉された方が余程いい。折角…御前と一緒に戦える御位を手にしたのにな。俺は、これ以上…戦えない」
「時雨…」
優しく目を細め、時雨はルークの頬へと手を伸ばす。
「…ずっと…好きだった。憧れてたよ。初めて見た時から。御前の戦ってる姿も、その真白き翼も、全て俺の憧れだった。皆が御前の姿を追いかけているのと同じように、俺も御前を追いかけてた。でも…御前と共に戦えなくなったことに、後悔はしてない。ずっと憧れてた御前が、今はこんなに傍にいる。俺の手の届く所にいてくれる。それだけで、十分だ」
「…俺は、みんなが思ってる程完璧な訳じゃない。他悪魔に明かせない過去もあるし、何より…俺は堕天使の汚名を背負ってる。今まで、綺麗事では済まされないことも、沢山して来ている。だから、そんなに美化しないでくれよ」
「別に、美化して考えてる訳じゃない。俺は、御前が過去に何をしていようと、どんな姿であっただろうが関係ない。俺はただ、戦ってる御前が好きだったんだから。それだけだよ」
時雨の掌が、優しくルークの頬を包む。
暖かい温もりは、やがて消えてしまうモノ。
「…マラフィア殿に、心配ばっかりかけるなよ」
「わかってる…」
ルークには、そうつぶやくことしか出来なかった。
ふと目を覚ますと、そこは暖かなベッドの中だった。
夢を、見ていたのだろう。
ルークは身を起こし、頭を振って意識をはっきりさせる。
幾度、彼の夢を見たことだろう。繰り返し見る夢は切なくて、その胸の痛みは消えるどころか増すばかりである。
病に蝕まれ、症状は悪化するばかりの時雨に、最早かつての姿を見ることは出来なかった。
幾度、花が咲いては散ったことだろう。
冷たい美しさを持つと評判の情報局の悪魔は、やがてその長官の御位を手に入れた。
文化局の有能な博士もまた、局長の御位に着いたと言う。
そして今最も話題になっているのが、皇太子付きの補佐役を勤めている悪魔だった。次期副大魔王と噂される彼もまた、ルークや情報局長官、文化局局長とほぼ同年代の悪魔である。
魔界の古き良き時代は、新たな魔材により変化の途上を迎えている。
その片鱗に位置するであろうルークもまた、初の軍隊長と言う大仕事を完全なる勝利で終え、その実力を高く評価され始めていた。
魔界の主要部を護る魔材が移り変わって行くことに、ルークは時間の流れを感じ始めていた。
しかし、たった一つだけ変わらないモノがある。
幾度、戦いの中で主要な役割を果たしても、それはルークの中から消えることがない。
その存在が、ルークの意識を捕らえて離さないのだから。
その日、ルークは上司である軍事参謀のマラフィアに呼ばれ、彼の執務室に来ていた。
先日、任務から帰って来たばかりのルークの表情は優れず、何処か憂いのあるその横顔に、マラフィアは溜め息を一つ。
「…今回、作戦参謀として参加した君に、非の打ち所はなかったよ。だが…わたしが言いたいことはわかるね、ルーク」
「……」
幾度、マラフィアに呼ばれたことだろう。
もうそれを数えるのさえ、ルークには気怠く思えていた。
マラフィアの言いたいことは、最早聞かなくてもわかっていることだった。
「唯一、君の部下の使い方に関しては、不評が絶えないのだよ。確かに、部下を護ることは必要だろう。しかし、君のやり方は少し度が過ぎているように思えるのだが…君はどう思う?」
マラフィアは必ずそう言って、ルークの意識を確かめる。
それは、ルークを育てて行く上でマラフィアが用いた技法だった。
「…仲魔を、裏切ることは出来ません」
ルークは、いつも通りの答えをマラフィアに返す。
それに対し、マラフィアは溜め息を吐き出す。
「仲魔を裏切れと言っている訳じゃない」
「ですが…見捨てることは、裏切りに値します」
ルークの眼差しが変わった。
思い詰めた、険しい眼差し。
いつから、そんな眼差しを浮かべるようになったのだろう。
そんなことを思い始めていたマラフィアは、ふと思い出したことに、頭を振って先程の思いを追い出した。
いつからなどと、思い出すことではなかったはずだ。過去に受けた心の傷が物語る眼差しは、ルークが魔界に降りた頃から寸分の違いもないのだから。
誰よりもその胸の痛みを知っているからこそ、こうまでしてこだわってしまうのだろう。そして、彼の存在があることが、ルークのその思いに拍車をかけていることも、間違いはないだろう。
思いを巡らすように、マラフィアはその両手の指を組み、再びルークに向けて言葉を紡いだ。
「裏切りではない。まず、それを君に伝えたい。裏切りとは、君が部下たちの意を反することだ。しかし、現実はそうではないだろう?君は、誰よりも部下たちのことを気に留めて、彼等を護ろうとする。それは確かに裏切りではないが、防御も度が過ぎれば策を誤ることになる。数多くの修羅場を経験した君は、疾うの昔にそれをわかっていると思っていたよ」
「…失望、ですか?」
「いや。そんなことはないがね」
ルークのためらいがちの言葉に、マラフィアは小さな笑いを零した。
「わたしは今でも、君を一番信頼しているよ。だからこそ、君にもわたしを裏切ることはして欲しくない」
「……」
「全ての部下を護ることが、わたしへの裏切りになると言う訳ではないよ。だが、消えていく生命が予めあると言うことも、わかっていなければいけないのだよ。それを無理に延ばすことは、必ずしも彼等の為になるとは言えない。消えていく生命を、情を以って送ってやることも、上司として必要なことではないかな?」
それは、マラフィアなりの結論であった。
ルークよりもずっと長い間、修羅場を経験して来たからこそ、言える言葉であったのだろう。
「…ルーク。君の気持ちは尊重したい。だが、時にはそれが君の生命取りになってしまうのだよ。君は優し過ぎる」
「わたしは…」
言葉につまり、ルークは口を噤んだ。
魔界に降りてから、ルークはマラフィアに沢山のことを教わって来た。作戦の立て方、闘い方…その全てが、これから生きて行く上で必要なことだった。その全てを教え込んだマラフィアは、まさにルークの育ての親と言っても過言ではないだろう。
マラフィアを、裏切ることは出来ない。それは、当然の結果である。
口を噤むルークの前、マラフィアは優しい口調でルークに語りかけた。
「彼のことも…同じことだと思うのだよ。君が彼をどう想っているか、わたしも何となく気付いていた。それ以上に、彼の君への想いはより明確だった。彼のことがあることで、君が部下たちに対して過保護になり過ぎているのかも知れないね。それなら…まず君が、気持ちの整理を付けることが必要ではないかな?」
「…どう言う…」
「これ以上、彼を苦しませない為には…君が決断するしかないのだよ。君の手で…彼を苦しみから解放してやらなければ…」
「殺せと…言うんですかっ!?この俺の手でっ!?そんなこと、出来ませんっ!俺に彼奴は…」
「落ち着くんだ、ルーク」
「でも…っ!」
興奮状態のルークを宥めるかのように、椅子から立ち上がったマラフィアは、ルークのその肩にそっと手を置く。
そのマラフィアの眼差しに、ルークは思わず口を噤んだ。
悲しみを称えた眼差しは、何を意味していたのだろう。
そんなことは、今のルークには到底わかり得ないことであったのだが。
「…殺すのではない。君が、助けてやるんだ。彼を解放出来るのは、君だけなのだよ、ルーク」
「…俺には…いえ、わたしには出来ません。貴方の言うことの理屈はわかります。でも…助けると言う名目でも、殺すことには違いないはずです。相棒だった彼奴を…殺すだなんて…」
「君の気持ちは、わたしにも良くわかっているつもりだよ。誰にとっても、相棒は特別だ。だが、そうしなければならない時もあるのだよ。君が、これから先の未来にわたしと同じ…いや、それ以上の地位を手にする為には、まず通らなければならない道だ。消すのではないのだよ。君の心に、留めて置くのだよ。君だけでも、彼のことを想ってやればいい。もし仮に、記憶の底に沈めてしまったとしても、それが自然の摂理なら、彼もわかってくれるはずだ」
柔らかな口調のマラフィアは、まるで今のルークと同じ経験をして来たかのようだった。
「…マラフィア殿も…わたしと同じ想いを?」
問いかけたルークに、マラフィアは小さく微笑む。その微笑みに隠れた、僅かな悲しみさえも、ルークには 伝わっていた。
「わたしは、思いの他、割り切っていたよ。わたしに出来ることがそれだけならば、受け入れる他にないだろう?無理に生命を繋ぎ留めることは、必ずしも愛と言う言葉に置き換えられるものではない。わたしの想いは、彼を眠らせてやることに意義があると思ったのだよ」
「……」
「誰にでも、乗り越えなければならない壁がある。それを乗り越えてこそ…一人前になるのだから」
それが、マラフィアの言いたいことの全てだったのだろう。
ルークは、きつく唇を噛み締める。
彼を、助けてやらなければ。その為に決断しなければならないことならば…
ルークは、その心に決断を決めた。
地下牢に、冷たい風が吹き抜けていた。
今やすっかり野獣と成り果てた時雨が、牢の中で低い唸り声を上げている。
「…時雨」
穏やかな眼差しで、ルークは時雨の名を呼んだ。
牢の鍵を開け、一歩踏み込んだルークに対して、時雨は威嚇とも思われる奇声を上げた。
しかし、ルークはそれにひるむことなく、そっと歩み寄って時雨の身体を優しく抱き締めた。
不思議と、時雨からの抵抗はない。
「…御前がここに捕らわれている間に、魔界は随分変わったよ。情報局の長官も、文化局の局長も、有能な若者に変わったんだ。今は、次期副大魔王の選出で、魔界中が湧き立ってるよ」
床に跪き、時雨の首筋に顔を埋めるルークの口調は、変わらない。
「…俺だけは、変わらないと思ってた。御前を、決して裏切らないって…でもそれは、俺の独りよがりだったみたい。御前を助けてやりたいって、その思いだけは変わらないけど…その手段を知らなかった。だから…かえって、御前を苦しめてしまっていたのかも知れないね。でも、マラフィア殿がその答えを教えてくれた。俺に出来ることは何かってこと…」
身体を離したルークは、時雨の獣の眼差しを見つめ込んだ。
「御免ね。今まで、苦しめてしまって…でも、もう楽にしてあげるから…これ以上、御前が苦しまなくてもいいように…」
刹那、凶器と化したルークの右手が、時雨の左胸を貫いた。
「…っぁ…」
咳き込むと同時に吐き出した真紅の血。
腕を伸ばし、ルークは崩れる時雨の身体をきつく抱き締めた。
「…ゆっくり休んで。もう誰も…御前を苦しめないから…」
つぶやいた声に、時雨は僅かにその腕でルークの胸を押し、顔を上げてルークを見つめた。
野獣の眼差しは、最早そこにはなかった。灰色の眼差しは、優しくルークを見つめている。
ふと、その顔に微笑みが浮かんだ。
「…有難う…ルーク…」
「…時雨…」
既に、言葉を紡ぐことを忘れていると思っていた時雨の唇から零れた己の名前に、ルークの黒曜石に涙が溢れてた。
懸命に伸ばす時雨の掌がルークの頬に触れ、その涙を拭う。
直後、その腕は重力に従い、時雨は目を閉じた。
「時雨…時雨っ!」
二度と、開かれることのない瞳。二度と、紡がれることのない言葉。
かつて流したのと同じ涙が、ルークの黒曜石から絶えず零れ堕ちる。
失う悲しみは、誰よりも良く知っていた。その胸の痛みも、誰よりも良くわかっていた。
だからこそ、恐れていたのだ。逃げていたのだ。
だが、そうしなければ救われない魂を、ルークは身を以って感じた。
野獣の亡骸を腕に抱き、ルークは肩を奮わせて、涙を零していた。
それから、幾度目かの花の咲き乱れる季節が訪れた。
新たに就任した副大魔王の御付きの軍事参謀に任命されたルークは、上司であったマラフィアの辞職の事実を知らされた。
最後にマラフィアがルークに送った言葉に、ルークはマラフィアが辞職する本当の理由を知った。
馴染みの悪魔を、弔いに。
弔うのは、今は亡き相棒。
それが、マラフィアの想いだったのだろう。
今になればわかる。その想いの深さが。
今は亡き、相棒へ。
その想いは、ルークを変えてくれた。
それは、一時の幻に違いなかった。
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COMMENT
プロフィール
HN:
如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
性別:
非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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