聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。
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楽園追放 2
忘れようと思えば、完全に忘れることは出来たはずだ。
それなら、何故忘れられなかったのか。
その答えは簡単である。
"あのヒト"に、似過ぎていたのだ。その瞳の光りどころか、彼の雰囲気そのものが。
奇妙な程の酷似が、わたしが忘れることを許さなかったのだ。
有り得るはずもない、その酷似が。
取り調べ室として使われることになった魔封じの塔の一室を訪れたわたしたちは、そこに先程の悪魔を見た。
その顔に、表情はない。わたしたちが認識している"悪魔"と言う存在は、そう言うモノだと思っていた。
だから今、無表情の仮面のような顔の彼が、あの時の悪魔であるとは到底信じられない。だが、その黒曜石だけは、同じ光りを称えていた。だからこそ認識出来たようなモノだ。
わたしは、ドアに寄りかかって、悪魔の取調べを見つめていた。
「…名前は?」
問いかけるミカエルの声に、悪魔はゆっくりと口を開く。
「…エル」
「所属は?」
「…今は、何処にも属してはいない」
「なら、その前は?」
「…情報局…」
「情報局か…。現長官は…ディール=オリガ…だったな?一端の出世街道じゃないか。なのに、どうしてそこを辞めて、単独で天界へ…それも武器も持たずに乗り込んで来たんだ?目的は?」
そう問われると、悪魔は途端に口を噤んだ。
「正直に言えば、神は慈悲をかけてくれる。御前が戦い目的で乗り込んで来たのではないのなら、話した方が御前の為だ」
ミカエルがそう言っても、悪魔は口を噤んでいた。
この部屋に来てから、わたしはこの悪魔と視線を合わせていない。彼の方が、その眼差しを伏せているのだ。
「ラファエル、御前から聞くことは?」
それ以上の答えを期待出来ないと悟ったのか、ミカエルは小さな吐息を吐き出してわたしに視線を向ける。
「いえ…別に」
そう答えたものの、本当はどうしても聞きたいことがあるのだが…わたしは、口を噤むと約束した。勿論、あの悪魔も。だから…多分、問いかけたところで、答えなど返っては来ないだろう。
ただ…二度と逢わないと言ったはずなのに、どうしてここにいるのか。それは、わからなかったが。
「…それでは、日を改めよう。その時までには、口を割ってくれると有り難いんだがな」
諦めの溜め息を吐き出し、ミカエルは踵を返した。
「ラファエル、行くぞ」
「えぇ」
わたしたちが背を向けた時、不意に彼は口を開いた。
「魔界には、連絡しないでくれ。俺は、誰かに頼まれてここに来た訳じゃない。俺の独断での行動だ。ディール長官は何も知らない…責任はない。あの方は、無関係だ」
一瞬、彼が何を言っているのか、良くわからなかった。
振り返ったわたしたちが見たのは、しっかりと顔を上げ、その黒曜石でわたしたちを見つめる彼の姿。それは真剣な表情であったが、その瞳は…酷く悲観的で。
「…御前一名の行動だと言うことか?」
問いかけたミカエルの声に、彼は小さく頷く。
「あぁ。だから…」
「わかった。御前の意志は尊重しよう」
それだけ言い残し、ミカエルは先に部屋を出て行く。その後を追い、わたしも部屋を出かけて、僅かにその足を留めて振り返る。
先程までしっかりと上げられていた眼差しは既に伏せられ、表情も見られない。
「ラファ」
呼びかけられ、わたしは足を進めた。
廊下を先に歩くミカエルは、溜め息を吐き出していた。
「…全く、頑固一徹だね。悪魔ってヤツは、厄介でしかないな。それに、魔界は関係ないって。それじゃあ、何しに来たんだって言うんだ…」
ぼやきを零しながら歩いて行くミカエルの背中を見つめながら、わたしは自分の足がまるで動かないことを感じていた。
あの悪魔が、ここに来た本当の理由は、一体何だと言うのだろう。下手をすれば、生命すら落とし兼ねないと言うのに…それに、魔界に連絡すれば、向こうからもそれなりの処置としての援護が受けられると言うのに、それすらも自ら放棄してしまうなんて。
一体、何の為に。
「…ラファ?どうしたんだ?」
自分のぼやきに対しての返事がまるで返って来ないことに気が付いたのか、ミカエルは足を留めてわたしを振り返っている。咄嗟にわたしの口を付いて出たのは、虚言。
「…あ…っと…ちょっと、落とし物。探して来ますから、先に帰っていて下さい」
「…あぁ、そう?」
怪訝そうに眉を顰ながらも、ミカエルは手を振って先に進み始めた。わたしは踵を返し、進んだ廊下を駆け戻る。
どうして、そんな嘘を付いたのか、自分でも良くわからない。ただ、あの悪魔が本当にあの時の彼なのかと言うことと、天界に潜入して来た本当の理由を知りたくて。
取調室としていた部屋に戻ると、そこには既に誰の姿もなかった。と言うことは、地下の牢に連れて行かれたのだろう。そのまま地下へと向かうと、その途中に先程の書記官と顔を合わせた。
「ラファエル様、どうされました?」
多分、走って来るわたしに、異様さを感じたのだろう。歩みを留めて問いかけて来る声に、わたしも仕方なく歩みを留める。
「ちょっと、確認したいことがあってね」
「それなら、わたしも御一緒致します」
「大丈夫です。直ぐに済みますから」
それだけ言い残し、書記官の返事も聞かずに、わたしは再び地下へと足を進めた。
広い地下牢には、他に捕えられている者は誰もいなかった。入り口の死角に近い場所に、彼はいた。
足音で気が付いたのだろう。ふと上げた顔は、真っ直にわたしを捕えた。
「…まだ何か用なのか?」
わたしが口を開くよりも早く、彼はわたしに問いかけた。その表情にも、特別な色は伺えない。冷静、冷徹な、取って付けたような、悪魔の表情。
「…何しに来たんです?」
思わずそう問いかけた声に、悪魔はすっと眉を寄せる。
「何のことだ?」
「貴方がここに来た、本当の理由です。何の為に?もう二度と逢わない言ったはずなのに…」
「…悪魔違いじゃないのか?」
一拍の間を置いて、悪魔はそう返す。だが、悪魔違いなどするはずがない。彼の黒曜石は、他に間違えようがないのだから。
熾天使たるルシフェルと同じ光を持つ眼差しを…見間違えるはずがない。
「…わたしに…偽りの約束を…?」
どう納めて良いのかわからない気持ちを無理矢理押さえつけ、わたしはそう言葉を紡ぐ。真っ直に彼を見つめるわたしの眼差しを前に、彼は暫くわたしを見つめていたが、やがてすっと伏せられた黒曜石と共に、諦めにも似た溜め息が零れる。
「…言いがかりも良いところだ。不用意過ぎるんじゃないか?ラファエル様」
そう言い切られ、わたしは返す言葉もなかった。
確かに…見張りがいないとは言え、さっきの書記官がいつ来るかもわからない。
まさか…釘を刺されるとは。
「……わかりました」
それだけ言い残し、わたしは踵を返す。
割り切れない気持ちはある。だが、彼は悪魔違いだと言っているではないか。わたしのことは知らないと。ならば関わらなければ良い。そうすれば、忘れられる。きっと悪魔違いだ。
わたしはその言葉を心の中で繰り返しつぶやきながら、足早にその場を立ち去った。
その背中に届いた眼差しの意味も、気付かずに。
その日の夜、わたしは職務を終えて自分の部屋に戻って来ると、ぐったりとベッドに倒れ込んだ。
一日がこれ程長く感じたのは、久し振りのような気がして。
それと言うのも、あの悪魔の所為。彼は悪魔違いだと言った。わたしも、それを納得しようとした。けれど…一人になると、やはりどうにも納得出来なかった。彼が天界へ来た理由がはっきりしないことが、わたしを必要以上に追い詰めていたのかも知れない。
あの悪魔がその気になれば、わたしを罪人として追いやることなど、実に容易いことなのだから。
ベッドに伏せったまま大きな溜め息を吐き出したわたしは、ふと蘇って来た記憶に、思わず身体を起こす。
あの時拾った軍章は…何処にしまっただろう。あれを見せれば、悪魔違いだなんて言い通せるはずがない。
そう思い立ったら即行動に移る。引き出しを引っ掻き回し、やっとでその小さな軍章を見つけた時には、時計は深夜を回っていた。
「あった…」
魔界の情報局の軍章。そこに刻まれた名前。ベッドに腰を降ろして掌の上に乗っている軍章を見つめながら、わたしは溜め息を一つ。
これを見せつけ、一体わたしは、何をしようと言うのだろう。彼があの時の悪魔だと言うことを結論付け、どうしようと言うのだろう。結果、追い詰められるのは、わたしであると言うのに。
それとも彼の口を噤ませる為の…魔界へ追い返す為の、物的証拠にでもしようと言うのだろうか…
そう考え始めると、どうしても自分が愚かに思えて仕方がない。
裏切り者は、他の誰でもない。このわたしであったはずなのに。
天界を裏切り、仲間を裏切り…自分を護る為に、あの悪魔をも裏切ろうとしている。
あの悪魔は、口を噤む気でいるだろう。なのに、どうしてわたしは、彼の口を割らせようとしているのだろう。
一体、何の為に?彼から、何の言葉を聞こうとしているのだろう。どんな言葉が聞ければ、満足なのだろう。
すっかり混乱した頭では、ロクなことは思い付かない。
気分転換に外の空気を吸いたくなり、わたしは夜の闇の中へと出て行った。
何処をどう歩いて来たのかは覚えていない。勿論、厳重な警備の中を、どう入って来たのかもわからない。だが気が付くとわたしは、魔封じの塔の地下牢にいた。
あの悪魔が捕えられている牢の前に。
「…こんな真夜中に、何の用だ?」
薄闇の中のわたしに気が付いたのだろう。今まで横になっていた悪魔はその身体を起こし、わたしを見つめているようだ。
「見張りも退けて、一体何をしに来たんだ?」
もう一度問いかけられ、わたしは大きく息を吐き出す。
どうやって見張りを退けたのかも覚えていない。だが、そんなことはどうでも良かった。今ここにいるのは、わたしと彼だけなのだと言う事実。それが、わたしの口からその言葉を零した。
「…貴方が裏切ったのは…魔界ですか?それとも…わたし、ですか…?」
「…何が言いたい…」
小さく問いかけられた言葉に、わたしは溜め息を一つ。そして、握り締めたままの掌をゆっくりと開いた。
「…昔…わたしの生命を助けてくれた悪魔が、落として行ったんです。魔界の…情報局の軍章。名前も刻まれています。『エル=クライド』…貴方のフルネームでしょう…?」
「……」
彼は、口を噤んだまま、真っ直ぐにわたしを見据えていた。
黒曜石の眼差しは…闇よりも深い色。そんな眼差しを前に…わたしは酷く不安定な気持ちだった。
大きく首を振り、頭の中を整理しようと呼吸を整える。
「…二度と逢わないと…約束したでしょう…?あの約束は偽りだったんですか?どうして…ここへ、来たんですか…?このまま口を噤んでいても、貴方は処罰されます。生命をかけてまで、単身で乗り込んで来たのは、どうしてなんですか…?」
「…何故、それを俺に問う?あんたが…罪に、問われるかも知れないのに…?」
彼は、漸く言葉を発した。
「…わかりません。どうして、これを貴方に見せたのかも…どうして、ここへ来たのかも。これを貴方に見せて、どうしたかったのか。何を問い質したかったのか…わたしにもわからない。ただ…一つだけはっきりさせたかったんです。これは、貴方のモノです。だから、あの時の悪魔も…貴方だったんでしょう…?」
否定されても、それ以上問う言葉はなかった。
深い沈黙が続く。けれど、その中で小さな吐息が零れた。
それは…彼の口から。
「……忘れろよ」
低い声。だが、そこには僅かに感情の破片があったように思う。
「忘れさせてくれなかったのは誰です?貴方が、姿を現さなければ…忘れられたかも知れないのに…」
「…"忘れられたかも"…?今までずっと、忘れなかったのか?」
問いかけられた言葉に、わたしは溜め息を一つ。
「…あの時からずっと…隠し通そうと…忘れようとして来ましたよ。でも…わたしは、貴方と同じ瞳をしたヒトを知っています。そのヒトがいる限り…わたしは、貴方を忘れることが出来なかった。自分の罪を、忘れることは出来なかった…」
「だから、幾度も問いかけたのか?更に傷を蒸し返されないように。自分を、傷付けられないように」
「…そうかも知れません。貴方が口を開くのが恐かった。わたしの罪が暴かれれば、ルシフェル様にも、ミカエルにも、迷惑をかけると思って。でも…それはわたしの身勝手な言い訳です。結局わたしは、自分を護る為に、貴方が他に口を開かないようにしたかったのかも知れません」
途端に、彼の気配が変わったような気がした。顔を上げてみると、黒曜石が真っ直にわたしを見つめている。
「…ルシフェル…?」
小さくつぶやいた声に答えるべく、わたしは口を開く。
「わたしの上司です。熾天使ルシフェル。貴方がここへ乗り込んで来た時…わたしとミカエルに、貴方の取調べに参加させる手筈を整えたのは、ルシフェル様です。それが、何か…?」
「いや…たいしたことじゃない。ただ、ルシフェルってヤツは、あんたの恋人なのかと思ってな」
その言葉に、ドキッとして一瞬口を噤む。
ルシフェルとわたしは…確かに、関係を持っていた。いつの時からか…わたしは、彼の要求を受け入れ…身体の関係を結んでしまった。けれど、そこに…わたしの心はなかった。
この悪魔に抱かれた時と同じ。そこに、心が伴っていない。そう感じたのは…いつからだっただろう。
だから、恋人同士ではない。少なくともわたしはそう思っていた。
「…恋人ではありません。でも、わたしがずっと尊敬してたヒトです。思いやりがあって、慈悲深くて…きっと貴方の処罰のことも、色々考えてくれると思います」
「…慈悲深い、ね」
その声が、酷く否定的に聞こえたのは、どうしてだろう。
聞き慣れた言葉が、耳障りな程、無機質な音に聞こえたのは、どうしてだろう。
「あんたにとっては…特別な存在なんだろうが…生憎俺は、天使は信用していないんだ。例えそれが、頂点に立つ熾天使だったとしても…な」
感情の破片も見受けられない言葉。その言葉は…わたしに、小さな恐怖の感情を植え付けた。
何かが…崩れていくような感覚。それが、何なのか…わたしにはまだわからなかった。けれど…何かが怖い。そんな、漠然とした恐怖。
その感情を極力悟られまいと眼差しを伏せても、何処までも見透かすような彼の眼差しは離れない。そして、ぽつりとつぶやかれた言葉。
「今のあんたには、俺は邪魔だろう…?だったら、忘れろよ」
僅かに自嘲気味な声に、わたしはハッとして顔を上げた。そして、わたしに真っ直向けられた黒曜石の瞳を見つめる。
彼は…エルは、本当に悪魔なのかと疑ってしまう程、綺麗な瞳をしている。だからこそ、わたしの本心までも見られているのではないかと言う錯覚を起こすのだろう。
「記憶を封じる呪ぐらい使えるだろう?どうせ、俺の生命を助けたって、利用する価値は何もない。だったら、あんたの記憶に残しておく必要もない。忘れてしまった方が、あんたのこれからの為でもあるんじゃないのか?」
そう問われ、返す言葉が見つからない。
言われなくても、それを望んでいたはずなのに。そう出来なかったことを、悔やんだはずなのに。
それなのに…どうして、胸が苦しいのだろう。
握り締めた拳が…微かに震えていた。
「…それなら…貴方は何の為に、わたしの前に現れたんです?わたしに貴方のことを忘れろと言うのなら、何でわたしの前に現れたんです!?もう二度と逢わない言ったのは、貴方の方じゃないですかっ」
どうして、こんなに興奮しているのか、わたし自身にも良くわからない。昼間と同じ質問を繰り返すことしか出来ない。
「俺を忘れるのなら…記憶を封じるのなら、教えてやる」
「……どうしてそんな…」
「あんたの為、だろう?」
「………」
この悪魔は…どうしてそんなに、わたしの為だと繰り返すのか。どうしてそこまで…
わたしは、小さな溜め息を一つ吐き出す。
「…今は…出来ません。わたしが、貴方の担当である内は…貴方を忘れてしまうことは出来ない。職務ですから…」
「そうか。なら、俺に聞くな」
「だから…」
「堂々巡りだ。キリがない」
彼も、小さな溜め息を吐き出す。
「帰ってくれ。あんたが…これ以上、俺を問い詰めても無駄だ」
吐き捨てるような言葉を残し、彼はわたしに背を向けた。
その背中を見つめながら、わたしは奇妙な胸の重さに耐えていた。
ぼんやりとした足取りで歩き、わたしは真夜中の礼拝堂へとやって来ていた。
最初にあの悪魔に出逢ったあの時から、自ら進んでは決して踏み込むまいと思っていた場所に佇み、その祭壇を見つめていた。
あの後、彼はわたしを振り返りはしなかった。だから、わたしもそれ以上何も言えずにに魔封じの塔を後にした訳だが…どうにも胸に何か重くのしかかるモノがある。
それが何なのか、わたしにも良くわからない。ただ、絶え間なく襲って来るのは確かな不安ではあった。
「…どうして…」
幾度も問いかけたはずの言葉を、再び口にする。返って来る答えなど、当然ないものだと思っていた。だから、背後から届いた声は、正に予想外だったのだ。
「…どうしたんだ?こんな時間に」
聞き慣れた声に、ドキッとして背後を振り返る。闇の中に見えた姿は、この礼拝堂の主とも言えるルシフェル。
「珍しいじゃないか。御前がここに来るだなんて。それも、こんな時間に」
くすっと小さな笑いを零した彼の表情は、暗闇の所為で良くは見えない。
「…何でも…」
何でもありません。
たった、その一言が出て来ない。それだけの言葉を紡ぐだけでも、酷く苦しい。
「…大丈夫か?」
わたしの様子が可笑しいと言うことを感じたのだろう。彼はわたしに歩み寄り、そっと手を伸ばしてわたしの頬に触れた。
その指先は、予想以上に冷たかった。
「何かあったのか?」
もう一度、問いかけられる。その声に顔を上げてみれば、薄闇の中に深く輝く紺碧の瞳が映った。
上手く言葉を紡ぐことが出来ないわたしは、その首を数回横に振った。だが、彼の手はわたしの頬から離れることがない。
触れられたままの指先は、頬から首筋へと流れるように滑って行く。そして首の後ろに回った手は、そのまま自分の胸へとわたしの頭を引き寄せた。
「何もないはずはないだろう?今にも泣き出しそうな顔、してるぞ」
「…ルシフェル…様…」
わたしを抱き締めた彼の身体は、その指先とは全く違って、とても暖かい。
「心配、してるんだ。ラファエル」
耳元で囁かれた声。その唇は、わたしの耳に触れ、その耳朶に軽く歯を立てる。
「…神の…祭壇の前です…」
その後に続くであろう行為を止める為に、やっとでつぶやいたわたしの言葉に、彼はくすっと小さな笑いを零した。
「隣へ行こう」
わたしは彼と共に、隣の執務室へと場所を変えた。
すると、何を問いかける前に、きつく抱き締められる。
傾けられた頬を寄せ、彼が唇を寄せたのはわたしの首筋。
壁一枚隔てた場所には、神の祭壇がある。
本来なら、後世を残す理由以外の性交渉は許されてはいないのだが、最近はそれでもかなり黙認され始めている。その理由は一つ。"黙っていれば、わからないから"。
あの時…あの悪魔に、言われたことと同じ。多分、そうやって…天界は、乱されていくのだ。そして、熾天使自ら…そこに加担している。
勿論…わたしも、その中の一人に違いないけれど。
壁一枚向こうには、神がいる。そう思うと、当然わたしは気分的にも重くなるのだが…ルシフェルは全く気にする様子はない。寧ろ…わたしがここで、そんな罪悪感を感じている姿を、楽しんでいるようで。
目を閉じ、じっとその行為に耐えるわたしを、ルシフェルは常と変わらぬ様子で追い立てていく。
「…ぁっ」
思わず、吐息交じりの声を零したわたしを更に追い立てるように、口付けを繰り返すルシフェル。
だが、唯一彼の唇が触れない場所がある。
あの悪魔にも許さなかった、唇への口付け。わたしが唯一、ルシフェルにも拒んだ箇所である。その理由は、たった一つしかない。
心の一番深いところでは、わたしはまだ、ルシフェルに対しても心を開き切れていないのだと言うこと。多分、わたし自身が背負った械が、心の底から彼を受け入れることを拒んでいるのだろう。
ルシフェルは抵抗する気力もないわたしを抱き、暫しの後にはその欲望を満たしていた。
ぐったりと起き上がれないわたしを横目に、他の天使の前では決して口にしない酒をグラスに注ぎ、口を付ける。
それは、わたしの前だけで見せる、清廉潔白な熾天使ではない…ルシフェルのもう一つの姿だった。
「何処に、行ってたんだ?こんな時間に、御前が礼拝堂に来ることはまずないはずだろう」
改めて問いかけられ、わたしは溜め息を一つ吐き出す。
「…眠れなかっただけです。だから、ちょっと気分転換に。でも、貴方こそどうしてこんな時間に、礼拝堂に?」
常ならばいるはずもないのは、彼にしてみても同じことである。まさか、熾天使たる者が宿直などするはずもなし。
だが、ルシフェルはわたしの問いかけにはさらりと答えを返しただけだった。
「眠れなかったから、な」
「……」
一瞬漂ったのは、紛れもなく嫌な雰囲気。まるで、その紺碧の瞳に見透かされたようで、わたしは思わず顔を伏せた。
多分、わたしとルシフェルの間には、深い溝があるのだ。
尊敬が憧れに転じ、愛情に変わったとしても…御互いの気持ちを汲んで、肉体的な関係を結んだとしても、やはりわたしには彼との関係を恋人とは言えなかった。
紺碧の瞳は、わたしを見つめ続けていた。
彼は、何を考えているのだろう。そして、その瞳でわたしの何を見つめているのだろう。
そう考えると、不安で堪らない。
全てを見透かされ、わたしが背負っている罪までも見られているのなら…ルシフェルは、全てをわかっていても尚、わたしを求めているのだろうか。それは、何故だろう。
止め処無く沸き上がって来る思いに区切りを付けるかのように、ルシフェルはわたしに向け、その言葉を放った。
「調子が悪そうだな。ならば、あの悪魔の担当から、御前は外す。暫く、内勤でゆっくり休むと良い。後は、ミカエル一名で大丈夫だ。だから御前は…あの悪魔に、近付くな」
そう告げたルシフェルは、その背中をわたしに向けた。
何故、彼が突然そんなことを言い出したのかはわからない。
勿論、それがわたしにとってもほっとするべきことだったのかも知れない。
「今日はもう帰って、ゆっくり休むんだな」
ルシフェルのその言葉は…何処か遠くから、聞こえているような気がしてならなかった。
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プロフィール
HN:
如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
性別:
非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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