聖飢魔Ⅱです。(face to ace、RXもあり…) 完全妄想なので、興味のある方のみどうぞ。
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楽園追放 3
翌日から、わたしは魔封じの塔に近付くことは出来なかった。
それは、担当を外されたのだから、当然のことではあったのだが…どうも、胸の何処かが重く感じられてならない。
変な別れ方をした所為だろうか。
もし原因がそれならば、深く考える必要はないはずである。
だが、もしも違う原因なら…
考えられる要素は、もう一つ。
ルシフェルが、何かを知っているのかも知れないと言う恐怖感。それがわたしの意識を常に苛み、自分の仕事も手に付かなかった。
数日後、ロクに仕事も手に付かないままに職務時間の終了を迎え、帰り道の途中で寄り道をしたわたしは、静かな池の辺でぼんやりと座り込んでいた。
と、その背後から、聞き慣れた声が届いた。
「元気ないじゃないか」
その声に振り向くと、そこには久し振りに見たミカエルの姿があった。
「貴方は元気そうですね」
「まぁ、御陰様で、な」
僅かにくすっと笑ってみせたミカエルであったが、その直後に小さな溜め息を吐き出した。
「まぁ、元気なのは良いんだけれど…仕事に張り合いがなくて」
わたしの隣に腰を降ろしたミカエルは、もう一つ、溜め息を吐き出す。
「ほら、御前が担当を下りたあの悪魔。結局わたし一名で担当してるんだけど…毎日取り調べしたって、彼奴が喋るのは初日に聞いたことと同じことだけ。全く、嫌になるよ」
そう言って、すっとその視線をわたしに向ける。
「でも…ルシフェル様も可笑しいな。多分…あの悪魔は、天界に対して何とも思っていない。敵意も感じない。だから、何の目的があって乗り込んで来たのか、本当にわからない。謎のままだ。だから多分、あのまま放置していたって何の害もないはずなのに…必要以上に、あの悪魔に拘っている。わたしも明日からは担当から外されることになった。あの分で行くと、多分…拷問官の出番だな」
その言葉に、わたしはドキッとして息を飲んだ。
「何で、拷問なんて…」
「だろ?わたしもそう思うんだ。特に前科があった訳じゃないし、戦乱に巻き込むつもりでもないようだし。なのに、拷問にかけてまで、口を割らせて何を聞き出そうって言うのか…」
怪訝そうに眉を寄せるミカエルの表情に、わたしも奇妙な胸騒ぎを押さえられなかった。それが、ルシフェルの策略と言うのだから、尚更。ルシフェルは一体、何を考えているのだろう。
「…罪なんか、何もないのに…」
思わず零れたわたしの声に、ミカエルは更にわたしの顔を覗き込んだ。
「知り合い…なのか?」
何処か、警戒の色を乗せた声。ハッとして顔を上げてみれば、常と違うミカエルの表情がそこにある。それは、いつも職務中に見せる、鋭い眼差し。
気を抜いた。一瞬、わたしの脳裏に過ぎった言葉は、それだった。
その眼差しの前に、わたしの嘘などいつまでも続くはずもない。
溜め息を一つ零したわたしに、ミカエルはその意を確信したらしい。
「…最初にあの悪魔が天界に来た時も、わたしは御前に同じことを尋ねたね。彼奴を知っているのかと。あの時は、御前からの返事は聞かれなかった。だが、今度は聞かせて貰う。御前の…知り合いなのか?御前は…何かを、知っているのか…?」
改めて問いかけられ、わたしは仕方なく小さく頷いて見せた。
「いつ、知り合った?」
問いかけられた言葉に、思わず自分の胸元をきつく握り締めた。
もう、残ってはいない傷跡。けれど…それが、全ての始まりだったのは間違いない。
「…もう、ずっと前です。初陣から何戦目かの戦で…わたしは、不覚にも、大怪我を負いました。その時に、あの悪魔に生命を助けられた。ここで逢った時は、別悪魔かと思ったのですが…」
「間違いはなかった、と」
「…えぇ」
「成程ね。ルシフェル様には、そのことは?」
「話してません。でも…もしかしたら…何かしらは気付いてるのかも…」
幾らミカエルとは言え、あの時の情事のことは伝えられない。
けれど、ただ生命を助けられただけで、こんなに尾を引くはずはない。多分、ミカエルはそんなことを察していたのかも知れない。しかし物問いたげな眼差しをわたしに向けながらも、そのことに関してはそれ以上は触れなかった。
「と、言うことは…だ。しつこいまでの取り調べも、この先にあるだろう拷問のことも、ルシフェル様の嫉妬ってことも有り得るって訳だ」
「嫉妬って…」
「有り得ないことじゃない。御前だって、その時の悪魔だと確信する為には、隠れて彼奴に逢いにも行ったんじゃないのか…?もし、ルシフェル様がそれを見ていたら…」
その鋭い憶測に、わたしは思わず息を飲んだ。
あの夜…常ならばいるはずもない時間帯に、あの礼拝堂にルシフェルはいた。まるで、わたしを追いかけて来たかのように、実に間合い良く。
ミカエルの言ったことを真に受けた訳ではないが…確かに有り得ないことでもない。
「…まさか…ルシフェル様が、そんなこと…」
「ルシフェル様だって神じゃない、ってことだ」
薄闇に包まれ始めた空の下、ミカエルは小さく息を吐き出した。
「御前を…心配しているのなら、問題はない。だが…度が過ぎて、御前を傷つけるのは、許せない」
「ミカ…」
「わたしは…御前を、失いたくないんだ」
小さく、そう零した言葉。
一番、長い付き合いのミカエル。同期として…親友として、最も御互いのことを良くわかっていたはずの友。
ミカエルは…誰よりも、わたしを案じていてくれたのかも知れない。
わたしが、堕天使であったとしても。それを、見て見ぬ振りをして…。
ミカエルは、すっと立ち上がって服に付いた砂埃を払いながら、わたしに向けて言葉を発した。
「ルシフェル様には、わたしから頼んでみる。あの悪魔の拷問は必要ないとな。だから…心配しなくて良い」
「ミカエル…」
闇の帳に包まれ、立ち上がったミカエルの顔は良く見えない。だが、ミカエルの穏やかな声が、その時のわたしの何よりの救いのように思えた。
翌日、礼拝堂を訪れたミカエルは、そこに佇む熾天使の姿に向け、意を決したように口を開いた。
「…現在拘留中の悪魔の取り調べを、止めていただきたい」
その声に、彼は当然振り返り、問いかける。
「御前が、決断を要求する立場ではないだろう?」
「ですが、彼が何の罪もないことはわかり切っています。天界に対し、何を企てるつもりでもないことは事実です」
「随分、はっきり言ってくれるじゃないか」
小さな嘲笑をその口元に浮かべたルシフェルは、その紺碧で真っ直にミカエルを見つめていた。
「御前が取り調べた間に、何かそれを伝える証拠でも得られたと言うのか?」
当然、記録係からの報告には、そんな言葉は一言も書かれていないだろう。だからこそ、問いかけられた言葉でもある。
ある程度それを予測していたのか、ミカエルは顔色一つ変えずに、ゆっくりと言葉を続けた。
「わたしの独断ですが…夕べ…魔界の、ディール長官に連絡を入れました。彼の元上司です。ディール長官は、彼は既に情報局を辞める旨を伝えていると言っていました。ただ、事務処理が終わっていないので、まだその籍は残っているそうですが。そして彼の言う通り、ディール長官は何も知らなかったようです。かなり驚いていました。彼の言葉に、嘘はありません。それに…証人が…います。誰とは言えませんが、彼が何を企んでいる訳ではないと知っている者が」
「…ラファエル、か?」
「言えないと言ったはずです」
ミカエルの顔色は変わらない。だが、ルシフェルはそれを一瞥しただけで、それ以上問い質そうとはしなかった。
自ら背中を向け、ルシフェルはその口を開く。
「まぁ、良い。魔界に連絡を入れるなど、かなり勝手なことをしてくれたが…御前の意見も考慮しよう。だが、良く聞け。御前の意見は、決定じゃない。神が下した決断なら、御前如きが反論を唱えても無意味だ。それは頭に入れておけ。それからもう一つ。ラファエルから目を離すな」
「…ルシフェル様…」
「これは、命令だ」
そう言葉を残し、ルシフェルは自分の執務室へと姿を消した。その背中を見送り、ミカエルは大きく息を吐き出す。
この熾天使は、何処まで真実を知っているのだろう。そしてラファエルは、何処までそれに気付いているのだろう。
そんな不安が、ミカエルの意識を苛んでいた。
それから数日後の職務終了直後、わたしは帰り道で、慌てたように何処かへと向かうミカエルの姿を見かけた。
「…どうしたんです?そんなに急いで…」
その時のわたしは、当然ミカエルの口から発せられる言葉など知りもしない。だから、実に呑気に問いかけてしまった。
しかし、ミカエルの言葉を聞いた直後には、わたし自身そんなに呑気ではいられないことを知った。
「…魔封じの塔に…拷問官が出入りしてるらしい…」
「……え?」
予想外の言葉に、わたしは思わずミカエルに問い返した。
「ルシフェル様には、ちゃんと伝えたんだ。なのに、何も反映されていない。だから、今から魔封じの塔へ確認に行く所だ…」
ミカエル自身、信じられないと言う表情を浮かべている。
その心痛な表情に、わたしも急に妙な胸騒ぎに襲われた。
「…わたしも行きます」
思わず駆け出したわたしの背中に、ミカエルの声が届く。
「駄目だ、ラファエル!」
「ミカ…」
思いがけない言葉に足を留めたわたしに追い着いたミカエルは、わたしの肩を両手で押さえ、耳元で囁いた。
「確認は、わたしが行く。ルシフェル様の目が光ってるんだ。感情で動くと、御前が罰せられる」
「…でも…」
「御前の、為だ。今は駄目だ。頼むから…行くな」
強い眼差しでそう告げられ、その場で動くことは出来なかった。
走って行くミカエルの背中を見送ることしか出来ない。それが…酷く、苦痛で。
そしてまた、ルシフェルの想いが良くわからず、戸惑っていたのも確かだった。
その日の夜中、わたしはミカエルにあれだけ言われたにも関わらず…居ても立ってもいられず、そっと魔封じの塔を訪れていた。
姑息な術を使ってまで見張りを退け、他に誰もいなくなった地下牢を進み、薄闇の中を、あの悪魔を探して歩いた。
そして、やっとで見つけた彼は…石壁に凭れ、ぐったりとしていた。
傷だらけで、手当もされていない彼は、見るも無惨な程に痛め付けられていると言っても過言でもなかった。
「酷い…」
思わず零れた声に、その姿が僅かに動く。
「…誰、だ?」
掠れた声。その声にまでも、わたしは胸が締め付けられる思いがした。
「…わたし、です」
「…ラファエル…?」
彼にとっては、予想外の答えだったのだろうか。ビクッとしたように僅かに動いた身体がゆっくりと動き、その顔がわたしにと向けられた。
その顔も傷だらけではあったが、彼の黒曜石だけは、あの夜わたしが見た時と同じ輝きを持っていた。
彼はその口元に小さな嘲笑を浮かべてみせる。そしてその口を突いて出た言葉も、嘲笑うような響きがあった。
「…俺の無様な姿を見に来たってのか…?」
「エル…」
初めて、わたしの口を突いて出た名前。その甘い響きに、わたし自身が驚いてしまうくらいだった。そして当の本魔も、わたしが彼の名前を呼んだことに対しては驚いていたようだ。
「…妙なモンだな。あんたに、名前を呼ばれるだなんて」
くすりと零した小さな笑いでさえ、痛々しく感じる。
「…俺の担当は外れたんだろう…?だったら何故…いつまでも、忘れずにいる…?忘れろと、言っただろう…?」
痛みに顔を歪めながらも、彼はそう口を開く。
その言葉に…わたしの感情は、自分自身でも止められなかった。
思わず手を伸ばしたわたしは、目の前で遮る鉄格子をしっかりと握り締めていた。
「必ず…貴方を助けます」
「…ラファエル…」
「助けます、から…」
つと、頬を濡らしたのは、一筋の涙。人前では決して涙など見せたことのなかったわたしが、まさか彼の為に涙を零すだなんて。
「泣くな」
そう口を開く彼の眼差しが変わっていた。酷く寂しそうで…哀しそうで。
「あんたが泣くことじゃないはずだ。俺の生命は、あんたには関係ない。俺が幾ら拷問を受けたところで、あんたとのことは絶対露見しない。俺が死ねば、尚更あんたは安全になるんだ」
「それは、貴方の理屈です。わたしは、そうは思わない。わたしとのことが露見しようと、そんなことは関係ないんです。ただ純粋に、貴方を助けたい。貴方の生命を。だから…」
「…本気にするぞ」
わたしの言葉を遮り、彼はそう声を発した。
「そんな思わせぶりな言い方して良いのか?あんたがその気じゃなくても、俺はそう取るぞ?それでも構わないと?」
ふと…彼の、纏う気が変わった気がした。
そしてその眼差しも、先程までとは打って変わって、今の黒曜石は強い光を放っている。
それはまるで…わたしを抱く時の、ルシフェルのようで。
一瞬、そんな錯覚を起こしたわたしは、彼の眼差しから逃れるかのように、僅かに目を伏せた。
迷っているのは、確かだった。
ルシフェルに対しての想いは変わらない。ずっと敬愛しているし、憧れてもいる。時に、必要としてるのも確かだ。
だが今のわたしは、ルシフェルの存在に恐怖を感じているのは確かだった。
多分わたしは…そこから逃げ出そうとしている。そして…彼に、救いを求めている。
「貴方は、天使は信じないと言った。でも…わたしのことは…信じて下さい」
その言葉は…わたしの本心だった。
その意を知ってか、エルは大きく溜め息を吐き出した。
「…俺を護る為に…天界を…裏切るつもりか?」
その言葉は、わたしを追い詰めるのに十分だった。けれど…失うことを善しとは出来ない。
「…わたしは…決して、貴方を裏切らない。貴方を…護ってみせます」
「だが、そうしたらあんたの恋人はどうするつもりだ?多分、誰よりもあんたを愛している恋人がいるだろう?」
「…正直、わたしには良くわかりません…何処を越えたら恋人なんですか?御互いの気持ちが通じて、身体を許し合えば、それで恋人だと…?」
「少なくとも、他人ではないだろうな」
実に冷静に返す彼の声に、わたしは吐息を一つ。
「…他人ではなくても、恋人にはなれなかった。そう結論付ける自信がなかったんです。それと言うのも…わたしが、堕天使であるから」
そう。全てはそこに繋がっていたのだ。
初めてこのエルに出逢って、成り行きとは言え彼に身体を許したことが、わたしにとっての最大の罪であったことには変わりない。
わたしは、堕天使だ。それをルシフェルに告げられなかったことが、わたしとルシフェルとの間の深い溝だったのだ。
ルシフェルを、裏切るつもりはなかった。でも…ルシフェルと言う存在に恐怖と戸惑いを感じてしまったのだ。既に、自分がどうの…と言うよりも、ただ単純に、わたしは…ルシフェルが、怖かった。
全てを、見透かされているようで。
「…ラファエル…」
不意に口を噤んだわたしに、エルはその眼差しを向けていた。
甘く、柔らかい瞳。わたしを呼ぶ声も、とても優しい。
わたしは彼を、心の逃げ場として、選んでしまったのだ。
「…もう一度、ルシフェル様に頼んでみます。貴方の拷問を止めて欲しいと。貴方を…解放して欲しいと」
そう紡いだ声に、エルは小さく笑ってみせる。
「無理、しなくていい。俺は、ここで死んだって構わないんだ。あんたに逢えただけで…僅かにでも、想いを返してくれただけで、満足だ。例えそれが…どんな理由であったとしても…な」
「エル…」
彼の純粋さと、その柔らかな微笑みに、わたしは酷く胸が締め付けられた気がした。
天使と悪魔の境界線は、一体何処にあるのだろう。そんなことが、頭の中を過って行く。
真白き翼があれば、天使と言えるのだろうか。
黒を纏っていれば、悪魔と呼ばれるのだろうか。
今までは何の疑いも持たなかったはずなのに、彼と出逢ってからのわたしは、確実にその不確かな境界線に疑問を抱き始めたのは確かだった。そしてわたし自身、その境界線の狭間の灰色の部分であることもまた、確かなことだった。
「…どうしてわたしは、天使に生まれたのでしょうか…」
ぽつりとつぶやいた声に、エルはとても穏やかな表情でわたしを見つめていた。
「あんたが天使だったから…俺は、あんたに魅せられたんだ。もし、あんたが悪魔で、俺と同じように魔界にいたのなら、俺はあんたを見つけられなかったかも知れない。だから、俺はあんたが天使であったことに感謝する」
その答えにも、わたしは少し哀しくなった。
多分、エルにしてみれば、それは当然の答えだったのかも知れない。だがわたしにしてみれば…天使と言う形態であったことに、他に誰が感謝してくれただろう。そう考えると、わたしがわたしであることを求めてくれる、数少ない存在なのかも知れない。
「貴方に……」
「…ラファエル?」
エルは、それ以上言葉の続かないわたしを、怪訝そうに見つめていた。
深い黒曜石に、わたしは魅入られている。そして、それを得ようとするのは、きっとその黒曜石に魅入られていれば当然のことなのだろう。
わたしは、もう一つの罪を犯す決意を固めていた。
「…また来ます。だから、待っていて下さい」
そう言い残し、わたしは踵を返していた。
そこに、第三者の眼差しがあることを知らずに。
その日は、冷たい雨が降っていた。
礼拝堂の前で大きく息を吐き出したわたしは、その重い扉を開けた。直ぐに視界に入ったのは、祭壇の前で祈りを捧げる熾天使…ルシフェルの背中。
後ろ手に扉を締め、その背中を見つめる。
ずっと前から知っているはずの背中が、その日はやけに遠くにあるように思えてならなかった。
わたしはこれから…彼を裏切らなければならない。
そうせざるを得なくなったのは…他の誰でもない、わたしの愚かな思考が出した、最後の答えであるから。
礼拝を終えたルシフェルは、わたしの存在に気が付いていたらしく、ゆっくりと息を吐き出して振り返る。
「どうした?」
その声に、わたしは意を決して口を開く。
「彼の…エル=クライドの拷問を、止めて下さい」
「…何のことだ?」
「惚けないで。貴方の下した決断であることは、わかっているんです。彼を傷付けるのは、もう止めて下さい」
すっと、ルシフェルの眼差しが変わったような気がした。否、気の所為ではない。それは、確実な色だった。
憤慨を露にした眼差し。ルシフェルからそんな眼差しを受けたのは、多分生まれて初めてだろう。
「…そんなに、彼奴が大事か?」
そう問われる。その声の低さも、わたしを捕えて離さぬようで。
「…多分…今では、一番」
躊躇いながらも、わたしはルシフェルにそれを告げた。
その答えがどんなであろうと、ルシフェルの怒りを買うことだけは確実だと思っていた。だから、ルシフェルの口を突いて出た言葉は、まさにわたしの予想外で。
「…そう、か」
それ以上の、何の言葉もなかった。
わたしからすっと眼差しを背けたルシフェルは、黙って背中を向け、執務室へと消えて行く。
その行為を、了と取るべきか否か…だが迷った挙げ句、わたしはその答えを了として、取ってしまった。
それで全てが終わると、わたしは本気で思っていたのだ。
数日後、わたしは久し振りに顔を合わせたミカエルから、その報告を聞くことになった。
「ラファエル!」
あの日と同じ池の辺で、わたしはミカエルに呼び止められた。
息を弾ませて駆け寄って来たミカエルの表情は、いつになく明るい。
「…どうしたんです?」
問いかける声に、ミカエルは興奮を隠し切れないと言ったように、わたしの肩を掴んだ。
「釈放が決まった。あの悪魔は、魔界に帰れる」
「…本当に?」
「あぁ。さっき、ルシフェル様に呼ばれて行ったら、そう返って来たんだ。御前の勝ち、だ」
まるで自分事のように喜ぶミカエルを前に、わたしは自分でも不思議なくらい冷静さを保っていた。
「勝ち負けの問題ではないですよ」
「だけど、ルシフェル様が折れたのは確かだ。認められたんだぞ?少しは喜んで見せたらどうだ?」
そう言われ、わたしは僅かな笑顔を見せた。だが、多分それは、本心からの微笑みではなかっただろう。
わたしは、ルシフェルを傷付けたのだ。彼を、裏切ったのだ。
だから、もう…天界には、いられない。ルシフェルとも…ミカエルとも、逢えなくなるだろう。そう思うと、素直に喜べない節もある。
だが、それがわたしの選んだ道なのだから、後戻りは出来ないのだ。
「…貴方のおかげです」
---有り難う。
軽く背を抱き締め、そう零した言葉。その行為と言葉に、ミカエルは怪訝そうに眉を顰ていたが、わたしは敢えてミカエルにそれを告げはしなかった。
もうわたしは、この地にいられないのだと言うことを。
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プロフィール
HN:
如月藍砂(きさらぎ・あいざ)
性別:
非公開
自己紹介:
がっつりA宗です。(笑)
趣味は妄想のおバカな物書きです。
筋金入りのオジコンです…(^^;
但し愛らしいおっさんに限る!(笑)
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筋金入りのオジコンです…(^^;
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